弐
大門迄の途中、新は夕凪楼の楼主から声を掛けられた。夕凪楼とは、此の吉原で一番大きく歴史のある楼で、花里が居るのが此処である。
「一寸、新。」
話す暇は無いのだが、引き止めたと云う事は用事があるのであろうと新は、冷えてゆく身体を揺すった。又雪でも降るのかと思う程空は鼠色で、地面から冷気が上がってくる。折、新に財布は投げ付けたが防寒具は一切渡していない。羽織りだけの新はがたがた震え、鳶、其れが無理ならマフラーを貸して欲しいと頼んだ。楼から大門迄の道程でこう。チヨコレヰトを買った後、果たして命あって大門を潜れるのであろうか。骸で潜るのだけは勘弁願いたい。
高望みはしなかったのだが、楼主は快く鳶、おまけに手袋迄貸してくれた。借りた新は寒さが和らぎ、楼主の話に耳を傾けた。
「浮雲さんだけどさ。」
又、花里に迷惑でも掛けたのだろうかと新は辟易した顔を見せた。
「まあまあ。別に浮雲が迷惑掛けた訳じゃねえよ。」
新の顔に楼主はからかい、そして眉を上げ、そっと云った。
「浮雲さん、腹に児(ヤヤ)でも居んのかい?」
本当に楽しそうにからかう楼主。折が男なのは誰でも知っている。言葉に新は口角を上げ、へっへっへ、と厭らしく笑う。
「判るかい?」
「おお、やっぱりそうか。」
二人揃って店の前で不気味に笑い、掃除をしていた向かいの番頭から気の毒そうな顔を貰った。
「鬼灯、やろうか。あそこに突っ込んで、冷水に一時間浸けときゃ直ぐ流れるさ。」
「いやいや、結構。」
何の話をしているんだ、と向かいの番頭は首を傾げ乍ら店に入った。
太れ太れと込めた念は、意外にすんなり効果が表れた。此れは中々面白い。
折の悲鳴を聞いてやろうと、新はいそいそと大門を抜けた。
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