時一先生の一日
昼前に病院に戻り、着替える。午後からBに行く為だ。鬘を取り、着物を脱ぎ、化粧を落とす。Bの慰安婦に会うのに女装は要らない。抑俺は、Bの慰安婦達が大嫌いだった。妙に自尊心が高く、何かを勘違いしている様思う。彼女達は娼婦では無い、軍の“慰安婦”だ。
違いは何か、と聞かれれば明確だ。
相手が違う。
娼婦はあくまで“客”。彼女達は“主人”を相手にしているのだ。
Bの人数が足りなくなり、一等娼館に誘いを持ち掛けたら、酷い暴言を吐かれた。自分達は、自分の為に自分の意思で自分の身体を売る。誰が好んで、国の為に働き、国の奴隷になるか、馬鹿にするんじゃないよ。私達はそんなに安かないよ、とね。
遊女もそうだ。
遊女は娼婦より自尊心が高い。
私達は金で飼われているんじゃない、大金を出して迄相手をして貰いたいと思わせているんだ。立場は、客より私達の方が上。国の金で飼われる何ざ、御免だね。
そう云う双方に対し、彼女達は如何だ。国に飼われ、温ま湯に浸かり、将校相手に良い思いをしている。其の癖、無駄に自尊心が高いと来た。Aの慰安婦達を馬鹿にし、せせら笑う。
何が国の為だ。結局は、自分達の身の安全と保障しか考えて居ない。将校が来なく共、給料は支給される。彼女達こそ、人権を無くすべき何だ。
そんな思いもあり、俺はBの慰安婦には冷たい。怪我をしたと云われても、嗚呼そうかいと手当等しない。
其のBにいる慰安婦で、一人だけ俺の目を引く慰安婦が居る。吉原出の元一等花魁、元帥相手の慰安婦だ。前の元帥、詰まり木島の時は仕事があったが、今の元帥になり、全く仕事が無いと歎いている。
――今迄散々ね、男達を馬鹿にして来た。だからと国に貢献したら、此の有様さ。誰も相手にしてくれない。吉原では高嶺の花とされていた花魁が、寂しいね。偶に違う将校が木島の後に続けと云わんばかりに来るけど、皆怖じ気付いて逃げちまう。花魁としては有難いが、慰安婦としては全く有難く無いね。
其の言葉を聞いた時、俺は此処に居る慰安婦達を殴りたくなった。此の気高さだ。此の気高さが彼女達には必要何だ。けれど、此れを彼女達に望んでも意味は無いので、冷たくする。
俺は彼女が大好きだ。からかいで何時も“花魁”と呼ぶ。彼女は其れを嫌うが、面白いので呼ぶ。
「なあ、先生。」
「何?」
仕事をしない彼女を診る必要は無いのだが、個人的に会いたいので部屋に入る。会いたい、と俺が思う時点で彼女は花魁なのだ。其れに彼女にも、話し相手が必要だろう。
「仕事もしない私が、此処に居ても良いのか?」
「良いんじゃない?誰が其の花魁の位置に居ても、元帥殿は相手にしないから。」
「今の元帥は衆道家か?」
「違うよ。妻にしか性欲が湧かない、哀れな男だよ。おまけに今は不能で、精神を病んでる。」
「あっはっはっはっ!」
可哀相だ、と彼女は笑い、煙草を消した。
「でもねえ、誰も相手にしてくれないのも、寂しいもんだよ、先生。」
「じゃあ今度、陸軍一の遊び人に声を掛けてみるよ。気が向いたら来てくれるかも。」
「気が向いたら?」
「彼はねえ、金を出す娼婦しか相手にしないんだよ。」
「何だい。無料の慰安婦が有料の娼婦に負けたよ。」
「花魁に、だろう…?」
彼女は薄く笑い、ベッドに寝転んだ。ベッドに頬杖を付き、強い目を俺に向ける。
「ねえ、先生。」
「何。」
「あんたも野暮だね。判るだろう。」
細い指先が顎を霞め、其の指の流れに俺の顔は動いた。軍医が使うのは違反だけれど、彼女の魅力には毎度負ける。椅子から腰を上げ、笑う彼女に吸い込まれる様に顔を近付けた。紅を引いた彼女の唇に、先程迄紅を同じ様に引いていた自分の唇を重ねた。
「絶対内緒だよ。職が無くなる。」
「野暮だねえ。誰に云うんだい。」
俺も中々に、酷い男だよ。
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