時一先生の一日
Bに費やす時間は一時間程で、其れが終わると病院に戻り、入院中の兵士達を診て回る。ギプスに落書きし、笑ってやる。因みに此の、俺に落書きをされた兵士は足を骨折している。骨折した理由が又何共間抜けで、怠けて居る処宗一に見付かり、追い掛けられ、前方から来た元帥の馬に跳ねられた。馬の前足が彼の足に乗り、嫌ぁな音を響かせた。俺は其れにげらげら笑い、元帥は馬の上から、そんなに死にたいのか、と同情さえ貰え無かった。彼は宗一に負ぶって貰い、泣き乍ら、痛ぇよ畜生、と宗一に恨みを吐いた。
そんな可哀相な兵士を俺はからかう。ギプスに“脱走兵”“間抜け”“死に損ない”と書いてやる。一日一つずつ増やし、今日は書く場所が無かったので、額に“阿呆”と書いてみた。彼は不甲斐無さで、止めてくれよぅ、と泣いた。又其れが面白く、未だ書いてやろうとしたがしかし宗一に見付かり、俺は逃げた。
「誰が書いてんのや、思たら御前か!」
「良いじゃ無いかぁ。」
「ええ事あるかい!」
今日は天気が頗る良い。病院に居るのは勿体無いので、車で出掛ける事にした。と云っても敷地内からは出れないので、基地に向かった。病院から基地迄は歩いて二十分掛かる。途轍も無く陸軍基地は広いのだ。海軍基地は此処迄広くは無いらしいが広いらしく、まあ、詳しくは知らない。知っても仕様が無いから。海軍基地が広かろうが狭かろうが、俺には関係無いのだ。
基地に来て何をするか等決めていないが、大佐と話そう。さっき迄彼女を抱いていて何だが、頼む位は良いだろう。
元帥は、相変わらず不可解な行動をしていた。朝から其れしかして居ないのか、机の上、其処から落ちたであろう床には、折り鶴が溢れていた。後ろに居る剥製の頭に一羽乗せられ、何だか困っている様な顔をしていた。
「朝からですか?」
「朝からだな。」
凄い物を見せてやる、と大佐は大佐室から紙を抱え、其れは巨大な折り鶴で、羽を広げると部屋を半分埋めた。頭は大き過ぎて天井に付いている。
唖然と其れを眺めていると、乗れそうだろう、と元帥は笑った。
「此れ、良く作れましたね…」
聞けば元帥、昨日かららしい。
やたら模造紙を張り合わせ、そんなでかいのを如何するのか大佐は聞いた。しかし元帥は、明日になれば判る、としか答えず、大佐が来た時には折り始めていた。そして完成したのが、此の巨大な折り鶴だ。作る方も作る方だが、其れに加勢するのも如何かと思う。
「結構苦労したんだぜ?なあ、龍太。」
「嗚呼。頭がな。長過ぎて立た無かった。仕様が無いから中に紙を入れて、糊で固定した。」
何が、仕様が無いから、だ。仕様も糞もあるかい。御可哀相な元帥め。
「取り敢えず、判りましたから、片して貰えません…?」
「折角作ったのに。嬉しく無いか?」
「…俺の為ですか?」
「いや、違う。俺の為だ。巨大な鶴が見たくてな。」
何だよ、其の思わせ振りな態度。
嗚呼馬鹿らしい。何て馬鹿らしいんだ、元帥の相手は。
「処で、何か用か?」
鶴を折る手を止めた元帥は煙草を咥え、頬杖を付いた。其の顔は至って普通で、折り鶴が周りに溢れていなければ、普通に思えた。思えた、のでは無く通常の状態に戻り、机にある折り鶴を捨てる様大佐に云った。
「良いのかよ。」
「嗚呼、邪魔だ。捨てろ。」
机上にある折り鶴を手で払い落とし、袋一杯に詰まる折り鶴は気持悪い物がある。巨大な折り鶴は畳まれただけで、捨てられる気配は無かった。
「軍医に、そうしょっちゅう来られても困るんだがな。」
やがて元帥はくたばる、と云う良からぬ噂が広まるからだ。
「済みません。用があるのは元帥では無いんですよ。」
ちろりと大佐を見た。
「……………俺?」
「はい。あの、折り入って頼みがあるのですが。」
「………龍太は?」
「元帥では、無理なので。」
其の頼みを云うと大佐は、成程ね、と数回頷いた。
「はっきり云う。断る。」
「やっぱり…」
「相手が居ねえなら、解雇すりゃ良いじゃねえか。」
抑だ、と大佐は続ける。
「何で俺が、木島の相手した女を相手しなきゃ何ねえんだよ。冗談じゃねえ。」
大佐には、其の思いの方が勝っていた。
「時一君、幾ら何でも拓也に其れは可哀相だ。俺からも頼むよ。」
「じゃあ元帥が。本来彼女は元帥相手です。」
「冗談は女装癖にだけに留めろよ。俺が時恵以外と?俺に死ねと云っているのか?第一、俺は今立たない。一晩中、折り鶴を折れと?冗談では無い。」
唯でさえ短気、唯でさえ下話が嫌いな元帥に云ってしまった事、今更後悔した。大佐は笑って、いやあ元帥殿も大変だね、と紫煙を吐いた。
「俺は使わん。依って要らん。退職金渡して、今直ぐ解雇だ。おお、人件費が浮いた。素晴らしい。」
「ちょ、一寸待って下さいよ…」
「無駄金は使わん。其れ共何だ。時一君は其の慰安婦に特別な情でもあるのか?」
情は無いが、可哀相とは思う。
何と答えて良いか判らず無言で居る俺に大佐は笑い、肩に腕を回した。
「なあ、時いっちゃん。」
其の声は、大佐の声では無かった。
「御前が使えば…?」
「其れは…違反にな…」
「ふぅん。」
鉛の様な目と射る様な目に挟まれ、益々言葉を無くした。
「俺は、構わんぞ…?なあ、菅原先生…?」
「良かったなあ、元帥の御許しが出たぜ…?」
彼等は屹度、俺が彼女と寝ているのを、知っている。
「身体だけの関係で、情を持つと…誰かの二の舞になるぞ…?」
其れが誰を指すか、判らない筈は無い。しかし、俺はそうならない。
「情等、何処にありましょう、元帥。」
俺にだって、自分を守る為の無慈悲の利己心位、あるさ。
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