恋をやめた理由


「何て事だい…」
カレンダーを睨み付けた侭母さんは溜息を漏らした。
「おかしい…、一体何が如何為ってるんだい…」
女がカレンダーに文句垂れる時は大体判る。ソファで寝そべり本を読んで居た俺は頭を垂らし、カレンダーを殴り付ける母さんを見た。
「御母ちゃまぁ?」
本で口元隠し、ニタニタ笑って遣った。
「異母兄弟じゃない、兄弟が出来ますかね?」
反対向きの母さんはカレンダーから離れ、カップを持つと其の侭中身を俺の顔に掛けた。
「熱いっ…」
「そりゃ熱いさ。煎れたてだもの。」
「火傷するじゃんっ」
ソファから飛び起き、慌ててタオルで顔を拭いた。読んで居た本は勿論珈琲で変色し、尚且つ頁が判らなく為って仕舞った。ユカリが読んで居た本を突き止めた俺は、英語も侭為らない癖に読んで居た。此れで少しはユカリを知れると思った。内容は、全くと云って良い程理解難しいが、英語の成績は甲を貰えそうだ。
「何で…、此れが実子にする事かよっ」
「あんたが不吉な事云うから。」
「カレンダー見てたからっ」
「そりゃ見るさ。あんた如何したのさ。」
「だから何がっ」
「あんたの“孕ませ騒動”が、此の三ヶ月全く無い。」
此れは何かの前触れだ、大地震が東京を直撃する、天変地異だと、母さんは大袈裟に演じた。
「金も減って無い。通帳見て吃驚した。」
のっそり現れた親父は、熱さに苛立つ俺には笑った鼻を、母さんには伸ばした。
「作ろうか?」
「生まれて一年もしない内に、又余所で作るなよ…。何か用…」
「時子が、時一連れて、散歩に行こうと云ってる。」
一年前、時子さんは時一を産んだ。覚束無いがまあまあ歩ける時一を外で遊ぼせるのが、時子さんは大好きだった。其の誘いに母さんは目を輝かせ、あっという間に姿を消し、そんな母さんに「騒々しい猫だな」と親父は云う。珈琲塗れの本を乾かす俺に向き、感じた重圧に手を止めた。
「何…?」
「相手にして呉れる女が、等々居なく為ったか。」
「父さん迄云う…」
確かに二ヶ月周期でそんな騒動を起こして居たが、今は起きる筈が無い。三ヶ月前の在の日から、俺は一切女と遊んで居ない。女の肌の柔らかさや匂いも薄れて居る。すると如何であろう、不便を全く感じない自分が居るのだ。三ヶ月女と交わって居ないと在る事実を知った。
俺は、性欲が有り余って居た訳では無かった。
暇潰しに水子を増やして居たに過ぎ無かった。
人間とは何とも偽善の塊か。今更に為り、女と虫けらの様に目を背け殺した子供に罪悪感を覚えた。けれど覚えるだけで、魘される訳でも行動も起こさなかった。
偽善の薄情、人を殺して於いて俺は、全く違う事を考え笑って居た。笑う所か生まれる事すら出来無かった我が子を殺して於いて、俺はのうのうと生きて居た。




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