歪んだ晩餐会


泊まる、とは決めたが、同じ部屋で寝るとは聞いていない。女は彼の部屋に敷かれた二組の布団に顔を引き攣らせた。別に構わないが、何方の布団で寝れば良いのだろう。間違って彼の布団に入ろうものなら軽蔑されそうだ。
彼は今、風呂に入っている。上がってから聞けば良いかと女は椅子に座り、本棚から一冊拝借した。船関係だった。海軍の息子ともなると矢張り行く行くは海軍学校に入るのだろうか。何、心配は無い。彼の頭なら、難は無いだろう。やって行けるか其の人間関係は、心配だが。然し、同じにしてみれば、彼が周りと馴染めなかろうが、偏屈といわれ様が関係の無い事だった。
開いたのは良いもの全く目を通す間も無く、彼はしなやかな身体から蒸気立たせ、女の前に現れた。十三歳の其の美少年は、とても艶が馨っていた。名は体を表すのだなと、女は改めて感心した。
「先生。」
「はい。」
「化粧を落とした顔は、益々のっぺりと為さっていますね。」
先に風呂を貰った女に、彼は嫌味を云った。何と良い性格をしているのだろう。人が気にしている事を、良くもまあずけずけと云えるものだ。女は「嗚呼そうですね」と顔を逸らした。
「御気に触りましたか?」
「いいえ。事実ですので。」
此れでも女だ。気にしない訳は無いのだが、どうせ云っても、彼に敵わない事を、女は学習している。溜息を殺し、布団を指差した。
「貴方の御布団は、何方ですか?」
「おや、そんな事気に為さらなくとも良かったのに。」
意外だ。其の顔は、如何見ても潔癖を感ずるのに。此れは女の方が、潔癖は勝っている様だ。他人の布団で寝る事は頂けない。其れが例え、十三歳の子供の布団だろうが。気持ち悪くて仕様が無い。
「ワタクシの布団は此方です。」
云って彼は布団を剥いだ。其の空気に乗って、彼の匂いがした。甘さも何も感じない、人間の、若い匂いがした。少し、腹が立つ。
女は云われる侭布団に入り、彼は静かに電気を消した。枕元の、電気を点けて。
時刻は、遅い。けれど女にも彼にも眠気は無かった。同じ部屋に他人が居るというだけで二人の神経は張り詰め、睡魔を掻き消した。目が爛々と冴え、落ち着かない。
「電気、消します?」
「御好きにどうぞ。」
明かりがあろうが無かろうが、二人の目が重くなる事は無い。其れは判っているが、彼は聞いてみたのだ。
「あの、先生。」
「何ですか。」
「今、御幾つですか?」
行き成り突拍子の無い事を聞いてくるなと、女は少し顔を動かし、彼を見た。薄暗い枕元の電灯は、彼の端整さを強く教えた。
「十八ですけど。」
「嗚呼、意外と御若いですね。」
十三歳に云われると切ない。彼の切れ長の涼しい目元がゆっくりと泉堂を捕らえた。
「恋人は、いらっしゃいますか?」
又、心意の掴めない質問が来た。
「居る様に見えます?」
「ええ。」
其の返答に女は驚き、小さな目を見開いた。彼の事だから「全く」そう云うと思っていたのだが。二人は無言で、互いの眼を見ていた。
「世の中には、物好きもいらっしゃいますから。」
矢張り、性格は悪い。余計な御世話だと、女は彼に背を向けた。
「馬鹿な事を云っていないで、早く寝ましょうよ。」
下らない話をしている内に、女の目は重たくなっていた。彼は、判らないが。深く息を吐いた泉堂の肩に、彼の手が触れた。高い体温と、行き成りの事に身体は大きく跳ねた。
女は、恋人も居なければ、男女の関係も持った事の無い女だった。
「ごみです。」
「あ、済みません…」
折角重たくなり掛けていたのに、又冴えた。彼は何事も無かった様に、本を捲り始めた。其の題からして、恋愛小説の様見受けられた。彼がこんな物を読む等想像出来ず、女は彼を凝視した。
「そんな物、御読みになるんですね。」
「今夜は趣向を変えて。」
「では何時もは?」
「サド侯爵のを、です。」
女は引いた。十三歳が、何故そんな作家の本を愛読するのだろう。矢張り彼は、人と違うのだ。其れを痛感した。
「マルキ・ド・サド…ですか…?」
考えと違ったらいけないので、フルネームを云った。彼はそうだと云った。
「御存知なんですね。」
「我が校で、有害図書指定を受けましたので。」
其の言葉に彼は、初めて声を出して笑った。大きく口を開けて笑う彼は、矢張り、十三歳だった。
「有害ですか。」
「はい。」
「では政府に持っていかれる前に、蔵にでも隠して於きましょう。」
彼は息を吸い、女を見た。其の目は、笑っていた。
又会話が無くなり、此の沈黙は息苦しさを感じる。彼は、そんな事を微塵も感じさせないけれど。
「先生。」
「はい。」
「ワタクシは、他人に興味がありません。」
呟かれた言葉に、だろうよと女は思ったが口には出さなかった。出した処で返答は容易に想像出来る。女は言葉を待つ様に、彼の顔を見ていた。
「ですが。」
彼は女を見た。
「貴女には、大変興味があります。」
沈黙が、嫌な空気を運ぶ。女は唾を飲み、言葉の意味を理解し様と試みたが、其れは出来なかった。其れより早く、彼のしなやかな身体が、女の身体を覆ったからだった。
「貴女、無防備な方ですね。」
「え?」
驚きで、心臓が早く脈打ち、鼻一杯に彼の匂いを嫌でも吸い込まされた。ぴっとりと、彼の薄い胸板が顔に付いている。自分でも判る程女の顔は熱く、赤くなっていた。
「子供だからと、安心為さいました?」
「あの…」
「一応此れでも男です。未だ子供ですが、今此処で、非合意の上貴女を抱く事も出来る。ワタクシには、細い貴女を捩じ伏せる力位、充分ある。」
普段の繊細な声とは違う低い声色に、女の背中に汗が滲む。頬に触れる女人の様に細い手は、意外と骨張っていた。彼は笑った。
「嗚呼、矢張り、貴女は可愛い。」
そんな事云われた事の無い女は、一層頬を赤く染め上げた。こんなのっぺりとした顔を可愛いという彼は、矢張り人と違い、彼の云う通り、物好きなのだ。
腹部に乗る手。其れに女は抵抗した。
「止めて下さいっ」
「御安心下さい。何分ワタクシは初めてですので、直ぐに済むでしょう。」
「そんな問題ではありませんっ」
「ワタクシと男女の関係を結んでも、嫁がれる頃には、又痛みが生じますよ。ワタクシは子供ですからね。流石に成人男性の其れには、敵いません。」
涼しい顔で、彼は何を云っているのだろう。そう女は思ったが、涼しい顔をした彫刻品は、何時迄も涼しい顔をしていた。彼の云う通り、直ぐに済んだ。そうして彼はこう云った。「何だ。こんなものか」と。




*prev|3/4|next#
T-ss