シロとハイイロ
其の剥製は、最初和臣の部屋に居た。しかし、其の剥製を見る程和臣は寂しさを知り、どうせなら、父親が趣味で作った剥製のある応接間に置こうと、応接間に移した。
唯の剥製にしか見えない他に比べ、此の剥製だけは、妙な生々しさと生命力を持っていた。
其れに惹かれたのが、本郷だ。
和臣と同じ吊り上った目。狼が、此処にも居たと剥製は思い、静かに唸った。其の唸りは本郷に届き、矢張り、同じ様に唸った。
そうして、応接間から他の剥製が姿を消し、唯一人で此処に居た。剥製は寂しさを覚えたが、其れは直ぐに解消された。
又、傍に居られる様になったのだ。
修羅となった其の背中を、剥製は何時も後ろから見ていた。身体には必ず国旗が掛けてあり、此の剥製居ずして、和臣は修羅になれないのだ。常に、そう常に一緒に居る。
孤独な修羅は、孤独な剥製を従い、孤独と戦っていた。
しかし、剥製は裏切られたと感じた時が一度だけあった。
自分が居る元帥室に、自分とは全く異なる毛並みを持った、真白な狼が現れたのだ。自分より大きく、ふわふわとした毛並みは、此の剥製に劣等感を覚えさせた。
飼育して欲しいと頼まれ、和臣には自分が居るのだから良い答えはしないだろうと高を括っていたが、和臣は二言返事で其の狼を引き受けた。
剥製じゃ、駄目だ。
此の狼の様に、血を巡らし忠誠を誓わなければ、和臣の心の寂しさは拭えないのだ。数分程和臣と其の狼は顔を見合わせ、和臣は雪子を呼び出した。雪子に抱かれた子供は、其の狼を見るなり行き成り泣き出し、拒絶をした。
「此れじゃあ、飼えんな…」
和臣は息を吐き、しかし処分するには勿体無い其の狼。狼の毛と同じ色をする煙を上げ、和臣は暫く考えていた。吸い終わり、灰皿に煙草を強く押し付けると和臣は立ち上がり、狼を連れ出した。
「貴方?」
「元帥、どちらへ。」
「直ぐ戻る。馬車を出せ。」
一人取り残された雪子は、ソファに子供を寝かせると、剥製の顔を覗き込んだ。
「貴方、一人で寂しくない?」
――寂シイノハ、貴女ダロウ?
自分は常に此処に座り、ずっと和臣の傍に居る。しかし雪子は、下手したら一週間近く和臣の姿を見ない事もあった。
「貴方が、羨ましい。何時も傍に居るんだから。ずっと。其れにあたしの知らない和臣さんを、貴方は知ってる。」
そうして雪子は寂しく呟いた。
「あたしも、剥製になったら、ずっと和臣さんの傍に居れるかな。ねえ、如何思う?」
其の言葉に剥製は泣きそうになった。
雪子の方が、此れから先、命を持った侭ずっと和臣の傍に居る。和臣の体温を、匂いを、そして自身の体温も教え合う事が出来る。言葉を交わす事も、微笑み合う事も、雪子には出来る。
所詮剥製の自分には、此処に座り、見ている事しか出来ない。
どちらが幸せなのかは、剥製には判らなかった。けれど、此れだけは判った。
自分達は、ずっと和臣の傍に居る。
そう、雪子も剥製も思っていた。
だからまさか、こんな形で本当に一人にさせられるとは、剥製も雪子も思っていなかった。
静かに主人の帰りを待っていたが、終ぞ帰る事は無かった。
ただ今、と云ってくれると思っていた主人は、無言で壺に詰められ、静か机に置かれた。
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