汝、ヴィクトリア


産み、顔を見れば何かが変わるとベッキーは思っていたが、そんな考えは甘いと知り、生まれたヴィッキーに対する扱いは酷いものだった。一緒に寝る事はおろか、赤子のヴィッキーをベッキーは敬遠し、抱く事さえしなかった。乳も与えず、子を持つエイダという、あのベッキーを刺そうとした女が面倒を見ていた。だからヴィッキーは、最初エイダが母親だと思っていた。エイダの瞳は、黒かったのだ。同じ目を持つエイダが母親だと思い込んでいたヴィッキーは、彼女が病死し事実を知らされると困惑した。4歳だった。
ベッキーが母だと知ると、愛され様と子供ながらに努力をしたが、結局愛される事は無く、女主人と小間使い、傍から見ればそんな感じで、容姿も似ていない所為か、誰もヴィッキーがベッキーの子供であると思わなかった。
ベッキーは、ヴィッキーに手を上げる様な肉体的虐待は一度も無かったが、言葉と視覚で精神的虐待を繰り返した。願いを込めた筈の名前は呼ばず、自分が客と興じる様を見せていた。ヴィッキーがベッキーを見様ものなら、其の目が嫌いだから塞いでおけとタオルを巻いた。一緒に食事はせず、何時も他の女達と食べていた。
エイダ死後、ヴィッキーを一番可愛がったのは、ステファーヌという女だ。彼女は仏蘭西人で、茶色の髪が特徴だった。ベッキーは其のステファーヌが嫌いで、懐くヴィッキーを益々嫌った。
周りから愛を貰っていたが、母親のベッキーからは一度も貰った事がない所為か、6歳位の頃から言語障害が生じ始めた。始めは同い年の子供達より言葉が遅れているだけだったが、話せば母親に罵声を浴びせられ、精神的虐待は続き、やがてヴィッキーから言葉は無くなった。
8歳で言葉を無くし、表情を無くし、座っていると本当に人形の様に見えた。其れでもベッキーの虐待は止まらず、ステファーヌと仲良くする為「フレンチドール」とヴィッキーを皮肉った。
一年近く言葉を失っていたが、ステファーヌの歌う仏蘭西語の歌を聞いてゆくうちに段々と言葉を取り戻し始め、声を出せる様になった。仏蘭西語の判らないヴィッキーは理解したいと声を出した。其れからステファーヌは言葉を取り戻す為に英語で言葉を交わした。
しかし、ステファーヌの思いと努力は、ベッキーに消された。
珍しくヴィッキーを連れて出掛けたと思ったら、帰ってきた時は一人だった。ステファーヌは驚き、ヴィッキーは如何したのかと聞いたら、あっさりと「捨ててきた」と答えた。
ゴミを捨てに行った時と同じ様に。
「今日のゴミ当番は私だったでしょう。」
「そうなんだけど、ヴィッキーは?」
「さあ。ゴミの行方なんか知らないわ。」
其処で初めてステファーヌはベッキーに平手打ちを食らわせた。ずっと我慢していたが、ヴィッキーの居る場所で、母親に手を出すのは余りにも可哀相だと、此れでも母親なのだからと、其の手を堪えていた。
「何すんのよ…」
「ヴィッキーは何処!今直ぐ連れ戻して来て!」
喚くステファーヌにベッキーは小さく笑い、そうして声を荒げ笑い出した。
「ゴミを捨てて何が悪いのよ。あっはっはっはっは!変な女ねぇえ!ゴミを捨てて怒られたのは初めてだわ!」
「ヴィッキーはゴミじゃないわ!あんた其れでも母親!?」
「あーやだ、御腹痛い…母親だって、ふふ。一度もそんな事思った事無いわよ。馬鹿ねぇ。仏蘭西人って、頭の中迄美術館なの?あんな汚い人形を捨ててあげたんだから、感謝して貰いたいわぁ。」
もう一度ベッキーを叩くと、ステファーヌは必死にヴィッキーを探した。しかし、もう二度と「捨てられた人形」を見付ける事は出来なかった。




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