一度、確かあれは十三位の頃だったと思う。父の軍刀を持ち出し、腰にぶら下げ夜道を歩いた。何の目的があったか判らないが、そんな格好で歩いた。其の時の私は其の年齢にしては身長が高く、小柄な成人男と大差無かった。
そんな私が夜道をそんな格好で歩いている物だから、見回りの憲兵がこそっと後を付けて来た。堂々と付けられたら私も、何だ、と云うが、こそっこそっと私が止まると慌てて隠れるので其れが面白かった。
「何しとーと、馨。」
御前こそ、と云いたかったが、彼は酒を飲み、ふらふらしていた。なので云う気力が失せた。
「大和。」
「うえっ、軍刀やんか。」
大和は腰にぶら下がる軍刀を目敏く見付け、抜くと振り回した。
「こら…っ」
物陰に居た憲兵が弱々しく云い、其れに私は振り向いた。
「何か。」
寄った私に憲兵は目を見開き、何だ子供か、と興味無さそうに呟くと退散した。何だとは何だ。其れでもまあ、憲兵の弱さに満足した私は帰宅した。
其の話を帰って両親に話すと、母は呆れ、父は矢張り笑った。
「何だ子供か、は良かったな。」
「大人だったら如何なったのでしょう。」
「そら、銃刀法違反で捕まる。」
「おやまあ。」
詰まり、子供だと検挙率に加算されない為、憲兵は「何だ」と云ったのだ。
「しかし、こそこそ後を付けるとは。流石陸軍。やる事が汚い。」
全くな、そう父は云い、私を立たせると同じ様に軍刀を腰に下げさせ、肩から軍服を羽織らせ頭に軍帽を被せた。
「……………。」
父は無言で瞬きを繰り返し、はは、と笑うと俯いた。泣いている様にも見えた。
「加納元帥、か。」
父は此の時元帥候補であった。
「馨には無理だな。」
其の言葉に私は絶句した。何故です、そう云いたいのに喉が詰まった。
「黒が似合わん…全くね…」
失意にも似た父の声。
黒が似合わないから元帥は無理。
「白は似合うのにな。」
憲兵をからかうのも程々にな、と父は私から全て返して貰うと紫煙を吐いた。
――白は似合うのにな。
其の言葉を私はずっと覚えていた。




*prev|2/5|next#
T-ss