恐るべき童貞の妄想力


美麗が居そうな場所を僕は歩いた。此の時間だから、もう仕事を始めているだろう。
細い路地裏を曲がった時、見慣れた紫色の布を視界に入れた。心臓が高鳴り、恐る恐る近付き、声を掛けた。
「美…麗…」
僕の声に美麗は顔を上げ、笑顔をくれた。
嬉しい、初めて笑ってくれた。
何時もは蛆が湧いた死体でも見る様な目だから。
いや、其れでも僕は嬉しいのですが。無論歓迎です。
「如何した。今日は豪くめかし込んでるな。」
頬に触れる美麗の手は柔らかく、頬が熱くなった。恥ずかしさで俯くと、美麗は困った様な溜息を漏らし、僕の顔を覗き込んだ。
「我は、何時も君にそんな顔をさせてしまうな。」
「え…?」
美麗の少し困った様な顔に、僕は胸が痛くなる。
「こうして会うけど、我は君の笑顔を見た事が無い。何時も眉を落として、泣きそうで、我が触れると…」
又頬を触られ、肩を竦めた。
「ほら、こうして何時も怯える。」
美麗の低い声に、僕は眩暈がして来た。
「御免…」
自分でも驚く程高い声だった。美麗は首を振り、被っていた布を払う。
「なあ、何処か行くのか…?」
「ううん。美麗に会いに来ただけだから…」
驚いた目をする美麗に、僕も驚いた。
「そんなにめかし込んで?」
「うん…。変、かな…」
髪を撫でる美麗の手は暖かく、気絶しそうだった。男の時なら、絶対に味わえない、此の至福。
色ゝ有難う、神様。
「変なもんか。…嬉しいんだよ。」
「嬉しい、の…」
「今度デートし様とは云ったけど、本当に来てくれる何て思わなかったから。」
照れ笑う美麗。何てこった、天使が居る。
「困ったな…」
其れはそうだろう。今から仕事をするって云うのに。こんな時間に来た僕の馬鹿。
頬を撫でられると、身体が反応する。顔に近付く美麗の気配に目を伏せた。
「やっぱり、我は君の事が好きみたいだ。」
「ええっ?」
何時も、ごみだ何だと罵っている僕をですかっ?
「ええ、って。…前にも云った筈だけど…」
「そうだっけ…、御免…」
「我を振ったのは君だよ。其れも覚えてないの?」
何だって?僕が美麗を振った?そんな美味しい話、僕が断る訳無いじゃないか。
何も云えず黙っていると、美麗の手は僕の手を掴み、其の侭自分の胸に置いた。

うっはっ胸っ。其の豊満な胸がっ手にっ
何てこった神様っ有難うっ

「判る?我の心臓の速さ。」
「う…ん…」
「君に会う度、こうして心臓が速く鳴る。君に毎日会っていたら、我は早死にする。」
「何で…?」
其の時は僕も死ぬ。
「鼓動の回数は決まっているから。今も、我は死に近付いている。」
合う視線。気絶しそうだ。恐るべし在の二人の娘。女の扱いを判っていらっしゃる。しかも此れは、井上さん寄りでは無く、男装の麗人寄りだ。流石、流石娘でいらっしゃる。女が女を落とす仕方をしっかり叩き込まれている。
「倒れそう…」
僕は云った。足から力が抜け、ふらりと身体が動いた。そして、受け止めて貰った。
「具合悪いの?」
「そうじゃない…。唯。」
「唯…?」
「夢みたいだと思った…」
美麗は笑った。
「夢?」
「こうして、美麗が僕に笑ってくれるのが…」
鼻を擦って照れる美麗の顔が、本当に可愛い。
畜生、本当に可愛いよ。何だ此の生き物は。
「我も、夢みたいだよ。君が此処に居るなんてね。」
云って腕を揺らす。
何か、無性に、キッスをしたい。猛烈に襲ってしまいたい。が、今の体格比では返り討ちに遭いそうだ。男の時も、返り討ちに遭いそうだけど。
「ねえ、美麗…」
「ん?」
「僕の事好き…?」
何て、艶のある笑顔なんだ。生きてるのが辛い。
「嗚呼、勿論。櫻依りね。」
「だったら…口付けて…」
大きく見開かれる美麗の目に、僕は視線を落とした。美麗の話に依ると、僕は一度美麗を振ったらしいから驚きもすると思う。
でも、して貰いたいじゃないか。
男の時は僕が美麗に惚れてるけど、今は違う。美麗が僕に惚れているんだ。
こんな役得、他には無い。
美麗が僕を追い掛けてくれるなら、男性器何か要らない。此の侭女で良い。
「良いの…?」
うん、そう云う前に、美麗の口が僕の口を塞いだ。興奮気味に息を吸う美麗の姿に、僕も興奮した。
しない訳無いだろう。美麗がキッスをしてくれているんだぞ。
死ねる、今なら死ねる。
ずっと知りたかった惚れた人間の唇、体温、匂い。
肺の奥深くに香が染みる。
「美、麗…」
紫の世界に僕が写り住んで居る。
「君の目…、本当に綺麗…」
瞼に触れる美麗の爪の感触。此の侭抉り取られても良い。美麗が写る其の目なら、抉られても良い。
「美麗…美麗…」
今度は自分から口付け、塀に押し付けた。驚いたのは僕自身だ。てっきり力迄女の様になって居ると思っていたが、容易く美麗を押さえ込めた。やったね。
口を離した美麗は少し楽しそうに笑い、俯いた。
「此れじゃあ、どっちがダイクか判らない。」
くすりと美麗は笑うが、僕には良く意味が判らない。大工…?
嗚呼、第九…?フロイデッ
「ダイク…?」
「レズビアンでは、男役をそう云うんだ。ホモセクシャルは知らないけど。後、タチとネコ。」
少し賢くなった僕は感心の息を漏らした。
紫色の目は僕を捕らえ、其の挑発的な美麗の目に何時も絆される。無言で深い息を吐き、考えた。
女同士は如何するのかと。
男同士は、想像出来る。想像と云う依り、無理矢理教えて貰った。何で無理矢理伯父を困らせて迄聞いたのかは、八雲が聞けって云ったから。
在のチャラ男め。
密かに僕の尻を狙ってるな?茜ちゃんに云い付けてやる。そして御前が麺棒か何かで掘られろ。
宗一さんは一瞬困惑して、けれど教えてくれた。優しいよ。こんな馬鹿な甥で済みません。
なら、女は?
入れるモノが無いのに如何やって…
そんな僕の考えが美麗に伝わったのか、又笑われた。
「知りたい?」
「え?」
低く艶めかしい其の声。
「女同士の、セックス…」
長い爪を項に感じ、唇を重ねた。白檀と云う香の、独特な香りが鼻に広がり、噎せ返しそうだ。
「知りたいなら、教えてあげる。」
紫色が少し赤く見えた。


ひゃっはーっ。
木島一幸、本懐遂げさせて頂く所存です。




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