切り取られた風景(前)


隆臣が浮気をして居ると美奈子が聞いたのは、四月頭の公演迄一週間と迫った曇り空の日だった。薄暗い背景に桜も艶を無くして居る様で、色めいた桜が好きな美奈子は直視出来ず廉太郎に顔を向けた。馬鹿なと笑い飛ばしたがチケット捌け云々の日からだから二週間程だろうか、美奈子は隆臣と一緒に帰宅した事は無かった。一度、息抜きがてら映画を見に行こうと誘ったが、上の空で隆臣は反応示し、微かな訛り混ざる言葉で「用事あるからええや」と返した。京都に三年居るが今迄隆臣から訛りが聞こえた事は無く、美奈子は気味悪さを覚えたが三年も居ればそうも為るのだろうと深く考えず居た。然し、此処数週間の隆臣を見て居ると、普段なら笑い飛ばせる筈の「隆臣が浮気をして居る」が、今の美奈子には冗談には思え無かった。
東京に居た頃、一度人の妻、師匠である女と隆臣はそんな関係に為った。師弟関係を超えた隆臣に憤慨した美奈子は別れるとヒステリー起こし、隆臣は土下座を繰り返し二度としないと誓った。半ば逃げる様に隆臣は東京、師匠の元から京都に来た。
又在の嫌な思いをするのか。
美奈子は不安と屈辱に息を吐き、今度は逃げる場所が無い、今度こそ別れるのかと廉太郎を見た。
「見たの…?」
「はっきりとは、そら見てないわな。遠目から、在れ隆臣ちゃう?て思て、よぅ見たら何や、前に別嬪が居てるやないの。最初は美奈や思たけど、背丈が全然違たんや。ほんで益々訳判らんと為って…」
「もう良い。」
廉太郎の言葉を遮り、持って居た楽譜を机に叩き付けた。美奈子の気迫に廉太郎は「嗚呼恐ろし」となよなよ腰を抜かし、琴に縋り付いた。其の姿に、隆臣の浮気相手もそんな女なのだろうと又怒りが湧いた。
「友達かも知らんやろう。」
「そんな美人な友達、隆臣には居ないっ」
隆臣の友人関係を全て把握して居る美奈子は廉太郎が云う“繊細な別嬪はん”は考え付かなかった。隆臣に女友達が居ない訳では無く、把握する女友達は美奈子に似た“はっきりとした美人”なのである。京都の景色に似合うはんなりとした雰囲気を持つ女は、隆臣の周りには居ない。思えば、師匠と間違いを犯した時点で隆臣はそんな女が好きなのだと、気付くべきであった。京都を選んだのも、そんな女が溢れて居るからだった。
頭を抱えた美奈子は、今更何故、隆臣が自分と五年以上付き合って居るのか考えた。隆臣が美奈子に心底惚れて居る訳では無く、美奈子が隆臣を必要として居た。美奈子の我が儘に笑って答える人間は隆臣だけで、駄目だと判って居ても金銭面で隆臣を繋いで居た。
「隆臣って、私の何処が好きなのかな…」
聞かれた廉太郎は瞬きを繰り返し、無言を貫いた。美奈子が判らないのに、廉太郎が判る筈は無いのだ。
「何か、無いの…」
其処迄金にしか魅力は無いかと更に憂鬱に為り、重苦しい溜息を吐いた。
「だって自分等、身体の関係、無いんやろう…?」
「無い。」
五年付き合うが、二人は一切そんな関係を持たず、美奈子は処女、隆臣は師匠以外の女を知らなかった。
二人が交わり無い関係であるのには理由があり、師匠と関係持った隆臣を汚いと美奈子が言い放った為である。美奈子の父親に其れが知れた時、自分は本当に美奈子を好きであるから結婚する迄そんな事は一切しないと表明した。其れならば良いと父親に許され二人は今でも付き合って居るが、隆臣が自分の何処を好きなのかは判らない。廉太郎が云う様に身体の関係があれば身体目的と判るが其れは無い、かと云って隆臣の理想其の物でも無い。
「本当に隆臣って、私の何が好き何だろう。」
言葉に出した事を後悔した。急に不安が美奈子を襲い、想像する隆臣の浮気相手の姿と自分を比べた。想像だけだが勝ち目は無く、事実を知った時自分は如何為るのであろうかと、艶を隠した桜を見た。




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