Zellen
珠子が眠りに落ち一時間程して時一は帰宅した。音がしない様にドアーを開け、足を忍ばせた。電気が点いている事は不思議だったが、自分の為だろうと、其処は余り考えなかった。小さな声で、「只今戻りました」と囁き、テーブルで寝息を立てる珠子に驚いた。
「せやから、連絡入れぇゆうたやろぅ…」
壁に凭れ、其の侭ずるずると床に座る宗一。項垂れ、動かない。コップに水を入れ、ゆっくり飲ませると、ぐらりと床に伸びた。
「一寸、床で寝ないでよ。」
「煩いわぁ…」
手で時一を払い、震えながら立つと、「お休み」と云って、二階上にある自分の部屋に帰って行った。其の後を時一は心配で着いて行き、足を踏ん張り階段を上った。
「眼鏡外して。タイ外して。ズボン脱ぐ?」
乱暴に宗一の身体をベッドに沈め、酔った宗一を介抱したが、煩いとたった一言だけ叫ぶと、枕を抱き締め眠りに落ちた。其れを確認し、時一は自分の部屋に戻った。
テーブルでは相変わらず珠子が寝息を立て、着替えを済ますと、椅子を静かに引いた。起こさない様に抱え、ベッドに置いた。
「あーあ、化粧した侭。朝になったらこりゃ悲鳴だな。」
一体誰の所為でこうなったか充分時一は判り、手にクリームを付け珠子の顔に伸ばした。少し位は落としてやろうと、気持ちばかりの謝罪をした。タオルで拭き取り、此れで朝は少し位まともだろうと、悲鳴は聞こえない事を確認した。
毎晩見る珠子の寝顔。一体どれ位の夜を、こうして頬を撫でるだけで過ごしただろうか。
時一は息を漏らし、同じ様に額にキスをした。
「お休みなさい、珠子さん。」
そっと顔を離し、何かが光った。其れが珠子の目だと判ると時一はぎょっとした。散々顔を触られた珠子は目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。
「遅かったわね。」
咎める様な珠子の声色。酒と煙草の匂いが染み付いたシャツに鼻を寄せ、視線を合わせた。
「連絡を入れないで、済みません。」
珠子の身体を離し、時一はベッドから経った。
「何処に行くの?」
「…リビングですけど。」
「未だ、飲むの?」
時一は少し振り向き、足を止めた。
「いいえ。勉強するだけですけど。」
何故、何故なの。何故一緒に寝てくれないの。酒を飲んだ日迄、何故勉強をするの。
珠子は其の言葉に頭が埋め尽くされ、何も云えなかった。何も云わない珠子に時一は首を傾げ、「起こして済みません。お休みなさい」とリビングの電気を消し、スタンドを点けた。
薄暗い中で、寝巻きに着替え、髪を解き、きちんと化粧を落とした。ゆっくりと時一に近付き、横に座った。
「寝ないと、御肌に悪いですよ。」
時一は少し笑い、ペンを置いた。明かりを反射する珠子の目が、揺れている。
「今日位、一緒に寝てくれないの?」
其の言葉に時一は肘を突いた侭顔を逸らした。
「あのー、珠子さん?」
「何。」
「俺、男ですけど。」
酔って、等々自分の性別迄も判らなくなったのだろうかと、珠子は顔を歪ませた。そんなの知っている。だからこうして結婚出来、夫婦となれた。酔っているのと聞かれ、時一は首を振った。そう酒を飲まなかった時一は、気分が良いだけで、宗一や他の一緒に飲んだ奴等とは違う。珠子が目を覚まし、其の驚きで素面に戻ったと云っても良い。
時一は肘を突いた侭じっと珠子の硝子の様な目を見、片方の手で頬を触った。顔に似合わず筋を浮く手は口を隠し、右目だけが象徴された。鼻は、左目を隠す前髪で隠れている。
無言で自分の頬を撫でる時一の手に気持ち良さを覚えた珠子は、顎を少し上げ、目を閉じた。其の動きに、時一の手が止まった。
「男と女が、同じベッドで寝る意味、判ってます?」
珠子は目を開き、時一の目を見た。化粧をしていない自分を見る珠子の目は、一層綺麗だった。無言の珠子に、時一は立ち、毛布を持ってソファに座った。
「意味が判ったら、一緒に寝ます。お休みなさい。」
其の侭時一は伸び、毛布を肩迄掛けた。
〔
*prev|3/7|
next#〕
T-ss