切り取られた風景(中)


リビングのチェストに置かれた金魚鉢を君子は見た。朱色の細長い身体を水草にピッタリと寄せ付け、全く動かない。
「侑徒ちゃん、此れ何?」
「金魚、らしいんですわ。」
君子の横に顔を並べ、覗く。すると金魚は口から泡を一つ、真っ直ぐ侑徒に近付いた。此の泳ぎ方も金魚には見えない。ぴしっぴしっ、と小粒の雨が窓に打ち込む様に硬く素早い。大粒の雨がぼたり、ぼったり…と傘に落ちる様では無い。全く見た事の無い金魚の動き、姿であった。
「変な金魚ぉ。」
「ねぇ。」
貰った奴が変だから金魚も変。君子は顔を離し、夕食の支度を済ますと自室に入った。侑徒も其れに続き鉢から顔離し、金魚は寂しそうに尾を震わせた。
並んだ食事にゆっくり箸を付け、今日は鞠麩の浮いた吸い物だった、其れを流した。
「御前、何食べるんや?」
金魚に聞いた。貰ったは良いが侑徒に飼い方等判らない。此れは本当に、翌朝腹を水面に向けて居るかも知れない。金魚は唯、ぱく、ぱく、と口から泡を出す。叔父にでも聞こうとリビングを抜け、診察室に繋がる廊下を歩いた。診察中で無いのは、ドアーが廊下に突き出して居るので判る。近付くスリッパの音に叔父は顔を向け、開いたドアー分の距離から侑徒は聞いた。
「叔父さん。」
「何や?君子に虐められたか?」
御出で御出でと、椅子滑らし腕を伸ばす叔父たが、侑徒は無表情で並ぶカルテ棚を見た。
「金魚って、何食べんの。」
「金魚?」
伸ばした腕から力が抜け、知らん知らんと背凭れを見せる。会いに来たかと思えば金魚、何を食うか等帰った時にでも聞け。叔父は不貞腐れた。すると聞いて居た年配の看護婦が、金魚には金魚の餌が売ってる、と教えた。
「ほんまですか?」
「あのー、村田はん。あっこ。」
村田はん、とは近所にある金物屋である。其処の主人が金魚気違いらしく、金魚飼育一式と知識を売る。
聞いた侑徒は頭を下げ、叔父は止め様としたが診察室に迄響く子供の泣き声がしたので、閉められたドアーを見た侭だった。
「何やの…金魚て…」
吐いたが目の前にカルテを置かれ、続けて泣き喚く子供が母親と一緒に入って来たので、追い掛ける訳にもいかない。
「よぅ坊主、どないしてん。」
後ろ髪引かれ、頭は侑徒の事で溢れて居るのに目の前の子供の絶叫には勝てなかった。
「うわああ、胸痛いーっ」
「胸か、よっしゃ。」
母親の説明では階段から落ち、俯せで床に激突した。暫く落ちた驚きで本人も黙り、母親が声を掛けた時、火が付いた様に泣き出した。後はずっと、胸が痛いを繰り返す。診た叔父は赤いだけで骨は折れてないと云う。然し母親は尋常で無い我が子に本当にそうなのか聞いた。
「あんなぁ御母ちゃん、此処の骨が折れたらな、泣かれへんで。俯せやろ?大人と違うこんな細い骨、普通に肺に刺さるわ。」
相当強く打ったので痛みが酷いだけ、皹の場合はもっと色が紫に近い、湿布を貼ると漸く母親は納得した。
「二三日は腫れ引かへんから、風呂入ったら痛いしな、気ぃ付けな。元気何もええけど、御母ちゃん心配さしたらあかんで。」
叔父に優しく頭を撫でられた子供は一瞬泣き止んだが、やっぱり痛いと喚く。敵わんから早出せ、と叔父は看護婦に目で合図し、会釈する母親を手で払った。
胸が痛ぅて泣きたいんは俺やしな。
カルテに向いた叔父ははたと手を止めた。漢字は違うが、子供の名前はユウトだった。
こっちのユウト君みたく、あっちのユウト君も感情出して貰えないだろうか。
「金魚に負けた俺て何や。」
金魚?
いいや違う。




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