切り取られた風景(後)


誕生日を聞いたからには、何か送らなければ為らないと、侑徒は馴染みの小物店に足を向けた。男物では無く女物を物色する侑徒に「嫌ぁなぁ、侑徒はんが取られた」と芸者上がりの女将は歎く。母親や叔母みたく着物を着て居れば選ぶのは容易いが、美奈子は生憎洋服である。呉服店では無く小物店に来たのは、まさか洋服の美奈子に帯揚げや伊達締め、柄足袋や半襟を送る訳にはいかない、小物なら何かあるのでは無いかと考えた。
「洋服、着てはんねん。何やったかな、英吉利の女優の、ほらあの…頭がでっかくて毛皮着てる…」
「コハク・ヴォイド?」
「せや。其の人みたいな格好してる。」
女将は笑い、そんな女優擬きに合う物がうちの店にあるかしらん、と一段高い小上がり座敷に座った。和紙の上にめぼしい物を並べ、腰だけ落とした侑徒は顔だけ向け、出された焙じ茶を飲んだ。
「其れ、何?」
一見帯留めに見える、飴玉を連ねた様な装飾品を侑徒は指した。女将はにんまり笑い、「流石は侑徒はん」「目ぇ利き」と掌に乗せた。
寒色で統一されて居る硝子玉、真ん中の玉はアクアマリン、左右の玉はサファイアの色をして居る。綺麗なグラデーションで、侑徒の目は奪われた。
「バレッタですわ。」
「バレッタて…?」
「髪留めですわ。」
女将は丸髷な為して見せる事は出来ず、奥に居る従業員に声を掛けた。何時見ても然し女将の丸髷は結い上げの様に一糸乱れず、見事である。侑徒は其の艶やかな髪に呆けた。
呼ばれた従業員は眉の位置でかっきり前髪を揃え、重そうに腰迄髪を伸ばして居た。白のワイシャツと黒のタイトスカート姿で睫毛が重いのか、目は半分しか開いて居ない。其の姿は余りにも此の店には似合わず、引き攣った。
「真由ちゃん、ちょぉ此れ、頭して呉れへん?」
云われる侭従業員はバレッタを頭に付けた。漆黒の髪にはとても上品で、漆皿に和菓子が乗って居る様な愛らしさがあった。此れが果たしてヘアダイした茶色の髪に合うか判らないが、時間も迫って居たので、ほんなら此れ貰うわ、と包装して貰った。女将はにたにたと小さな口元を窄め、鼻に皴を作る。案状よぅ遣り、御負け、と幼児が使う様な縮緬で作られた玉を先に乗せた簪を呉れた。鳥の巣には、何だか此方の方が似合いな気もした。
一寸早いけどと渡した其れは、美奈子の明るい髪にも栄えた。似合う?似合う?と、鏡と隆臣、廉太郎を交互に見る美奈子の元気さに、侑徒は口角を伸ばした。亜米利加土産だけしか用意して居なかった美奈子は、直ぐ買って呉るから待って居てと席を立とうとしたが、亜米利加等行く事は無いから此れで良いと、万年筆を受け取った。
何故万年筆かと云うと、侑徒は此れから先、沢山文字を書くと思うから、である。
「ほんなら、患者第一号には、此れで書かせて貰いまひょ。」
「御礼状とかも其れで書いてね?」
「ええよ。」
「あたしは此れ、今年の卒業公演で初披露する。」
そして卒業から先、サックスを弾く時がある場合は必ず付けると、睫毛の重さも感じさせない程自然に笑った。
隆臣一人、詰まらなさそうな顔で茶を飲んで居る。
廉太郎にも侑徒にも土産は買って来て居るのに、隆臣には財布に残ったセント硬貨とドル札数枚。銀行で日本円に替えろと云うが、微々たる物だ。愛人に貢ぐ金の足しにも為らない。
侑徒も侑徒で、二人には物を遣ったのに自分には何一つ呉れない。此方は金魚もチョコレートも遣ったのに。
いけず嫌ぁなぁ、面白くない。
散々二人に奢らせ、集り、挙げ句の感想が此れだ。吉川隆臣は、一度死んだら良いかも知れない。然し、馬鹿は死んでも治らないと云う位なのだから、ヒモ体質も望みは無いであろう。
「侑徒、俺にも何か頂戴。」
「手ぇ、出して。」
素直に出した隆臣は景気の良い音響かし、手を叩かれた。余りの痛さに声は出ず、握り締めた。廉太郎は「ぶわぁっはっは」と扇子揺らし、美奈子は「愛の鞭」と手を叩き笑った。
「案状宜しなあっ」
「アンジョウって…?」
「案配て事。」
涙目で自分を見上げる隆臣の目に、ぞくりと廉太郎の加虐心は刺激された。外方向いた侭扇子で赤い手を叩き、今度は声を上げた隆臣に口角を上げた。
「天気ええなぁ。」
「そうだね、海行きたいね。」
全く隆臣の心配せず、廉太郎と美奈子は話す。侑徒さえも心配しては呉ず、暢気に珈琲を飲む。隆臣は諦め、自分で御絞りを乗せた。
「お、ええな。隆臣、消防車走らせや。」
消防車の事より、今、御前が叩いた俺の手を心配しろ。云いたいが、廉太郎に勝てる筈は無い。云えば、手だけでは済まない。顔を叩かれ兼ねない。廉太郎に扇子を一番最初に与えたのは誰だ、こんな危険な人間に与えるとは頭がおかしいとしか思えない。卒業の際は是非、扇子を全て折って遣ろうと考える。
結果の返り討ちは、安易に想像出来るが。
「未だ買って無いよ…」
「やっぱ美奈に買うて貰う積もりやないか。」
「やっぱり。最低。」
「卒業したら買うの…」
三人とこうして話せるのも、残り半年程かと、出会ったばかりだが寂しく侑徒は思った。
「侑徒。」
美奈子の声に、侑徒は向いた。
「はい?」
「卒業したら東京に戻っちゃうけど、遊びに来てね。」
社交辞令でも無い美奈子の本心に侑徒は薄く笑うだけで、答えた。
侑徒に東京は行けない場所だった。行ったら最後、行けずに終わった赤門を恨めしく睨む。下手すれば門から出て来た生徒を殴り付けるか、門其の物を「帝國大が何ぼのもんや」と放火するかも知れない。
侑徒にとって東京とは、決して旅行で軽々しく行ける場所では最早無かった。
「俺が連れてったる。」
「廉太郎は来なくて良いよ。」
「婿入りした隆臣を眺めに行くんやぁ。誰も卒業して迄其の派っ手ぇな顔見たないわ。」
「来年の春には原口隆臣よ。」
「今から名刺作って於く…」
矢張り婿入りかと、侑徒は笑った。
「ほんなら、原口隆臣さんに御中元毎年送りまひょな。」
「云ったね?良し、約束。素麺送って。」
「何で素麺…?」
「俺が好きだから。」
婿の癖に好みを云うとは生意気な。茹でずに食って腹を壊せ。そして救急車でピーポーピーポー、食い意地張った奴と笑われ入院して居ろ。




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