切り取られた風景(後)


八月の頭、夏休みに入った侑徒は叔父から衝撃的な事を聞いた。上半期の成績表が、叔父の家では無く、学校側の手違いで実家に送られた。橘侑徒殿、京都帝國医学大学と打たれた封筒を父親は虫酸の走る思いで開いた。
父親は目眩が起きた。
侑徒は小論文を落として居た。
久々息子に激昂した父親は、矢張りクズは如何仕様も無いクズと、完全に息子を諦めた。
「あんなぁ侑徒。」
「何です?」
「兄さん、なぁ。」
「御父さん、如何かしはったんですか?死にはったんですか?」
其れを云う侑徒の顔は、何処か嬉しそうであった。
「滅多な事、……いや、在の父親や。死んだら宜しねん…」
息子からも弟からも死んだら良いと云われる父親は、笑い事では無く、激昂し過ぎた所為で危うく憤死寸前であった。成績表を見るなり顔を真っ赤にし、クズが、と喚き、高血圧な父親は瞬間ばったりと倒れた。憤死するとは中々に面白い、と同僚に云われ、又怒りを見せた。
「憤死かぁ、見てみたいわ。」
「俺もな、ちょこぉっと、見たい。」
二人は引き攣り笑うが、笑い事では無い。
叔父の口から出された言葉に、別段侑徒は感情見せる事無く「そうですか」と普段通りの穏やかな口調で返した。
「ええのんか…?」
「叔母さんが、ええ、ゆわはったら。俺も、其の方が、楽ですわ。」
激昂した憤死寸前の父親は、侑徒を叔父の養子に出すと云う結論を下した。
「俺は、本家の器、ちゃうんですよ。」
場所を間違え生まれたのかも知れない。父親の達筆な手紙を見た侭云った。
「顔は似てんのに、何でやろなぁ。頭が、似たかったなぁ。」
利発さが似れば何れ程良かったか。顔等似ても、何の役にも立たない。
普段無口な分、父親から受けた絶縁の衝撃は侑徒の口を饒舌にさす。こうでもして口を動かさないと、倒れて仕舞いそうだった。
「叔母さん、嫌やろなぁ。」
叔母が嫌う事、二人は充分理解して居た。故に叔父は、昔から侑徒を養子に出来無いかと考えるだけで、実行には移さなかった。後一人、男児が在の夫婦に生まれて居れば、躊躇いも無く養子に出して欲しいと頼めた。本家唯一の子供、其れも男児。其の侑徒を、流石の叔父も、云え無かった。
「御前が、次男遣ったら、生まれた瞬間、養子に貰たのに…」
如何せ在の父親の事だ、長男に全てを注ぎ、次男等眼中に無い。次男であればな、と何度も思った。
結局は長男でも結果は同じで、未来が見えて居たら高校の時に貰えた。帝國大何ぞ行かんでええ、分に合った大学で構わないと、在れ程迄の劣等感を植え付けさずに済んだ。
「そう、ゆうて呉れはっただけでも、充分です。」
侑徒は頭を下げ、成績表を握り締めると部屋に戻った。
「敵わんな…」
煙草を燻らす叔父は項垂れ、父親の手紙を捨てた。此れが父親のする事か、何故母親も止めない。愛情が無いのは判って居たが、はっきりと見せ付けられると、親子とは一体何なのか考えさせられる。
茶を置いた叔母は、心底嫌そうに無言で溜息を吐いた。男児が居れば「家にはもう居るから無理」と云えるのに、其れも無理。逸そ、婿に遣れば良いでは無いかとも思うが、そうすると、本家は勿論、分家迄根絶やしに為る。橘が、此処で終わって仕舞うのだ。叔母は其れを危惧して居る。
叔母は一言、橘の為、と了解した。
「君子。」
「何です?」
「今から子ぉ、作らへん…?」
其れで何に為るかは判らないが、橘家には侑徒しか居ない。侑徒が結婚せず子供を作らなければ本当に終わって仕舞う。叔父達にはもう一人、豪く年の離れた妹が居るが、此れは嫁に行って居るので、意味は無い。
「貴方、自分の御年、判ってます…?」
「何を、抜かせ。未だ現役や。」
「うちな、今、更年期何ですわ。」
怒りと軽蔑で叔父を見た。
相手して欲しい時には余所の女、子供が欲しいと思った時には要らないの一点張り。此の二十年を見てみろ、子は五人程居た筈だ。
妻を蔑ろにした結果、篤と見晒せ。
「侑徒に嫁はん当てた方が早いかな…」
「そうですよ。うち、声掛けまひょか?」
「こっちを本家に、して貰えんかな…」
本家の長男を貰うのだから、実質此方が本家に為るのでは無いか。其れでも尚本家と向こうは言い張る積もりか。
生温く冷えた茶を飲み、後味の悪さを感じた。




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