切り取られた風景(後)


隆臣と知り合い、一年が経とうとして居た。京都の街は雪化粧を始め、隆臣が一番好きな季節と為った。美奈子は寒波に比例し、一層派手である。毛皮のコートに毛皮の帽子、御前は露人かと突っ込みたいが、下半身は相変わらず剥き出して居る。廉太郎は廉太郎で、長い髪をマフラー代わりに「此れやて毛皮や」と首に巻いて居る。実際、暖かいらしい。
九月半ばに学校が始まり、侑徒はと云うと、余り学校に行かなく為った。父親からの絶縁が相当堪え、気力を無くして居た。
本格的な冬には未だ足らない十一月に、叔母の遠縁に当たる房子と一度見合いをした。大柄で浅黒く、大きな口を惜し気も無く開き笑う女だった。声の大きさに侑徒は萎縮しっぱなしで、叔母も絶句して居た。房子の母親も又声が大きく、二人揃って笑えば障子が揺れる程だった。
浅黒の肌には余り似合わない淡い色の振袖で、ちらつく腕には体毛が流れて居た。
髪は黒々と多く、眉ははっきりと吊り上がり、奇麗な目の周りに睫毛が密集して居た。下睫毛迄黒さが判る。
聞けば房子、九州地方の女らしく、道理ではっきりとした目鼻立ちだった。そう、房子はかなりの美女だった。
「侑徒さん、本当に、色白かね。」
「そうですね、余り、出ませんから。」
「そらいかん、出んと。御天道さん見て、植物は育つやん?人間やて同じやん。出んと。」
房子も、医者の娘だった。
侑徒の父親は東洋医学の漢方薬医で、房子の父親は蘭医学の外科医であった。蘭医学に、侑徒は惹かれた。
最近、漢方医学はめっきり影を潜めて居る。医学界の重鎮、近衛が蘭医学を生業にして居る為、重鎮が其れを推進するならと、漢方医学は大人しい。其の蘭医学に続き、近年では、目覚まし発展を遂げる独逸医学、仏蘭西の精神医学迄も国内では発展し始め、東洋医学は余り重宝されて居ない。父親と叔父は良く、東洋の人間が東洋医学を理解しない等心苦しいと歎いて居る。
東の和蘭医学の近衛、独逸医学の菅原、西の仏蘭西医学の増田、東洋医学の橘と云えば、此の世界で知らない者は居ない重鎮である。
房子の父親は蘭医学ではあるが、門下は独医学の菅原と云う。房子の父親は、侑徒の父親より十程若い。
「近衛先生と激突したっちゃんねぇ、御父ちゃん…」
はっきりとした眉落とし、房子は云った。
「気難しい方と御聞きしますから。」
「御父ちゃんが悪いったい。近衛先生より、菅原先生の方が判り易いとか云うけん。そんなに宗一が良いなら宗一の下に行けって…。やけん御父ちゃん、東京から追放された…」
なので九州に居ると云う。
二人の見合いは進んだ。然し、結局は纏まらずに終わった。結婚すれば京都に住む事に為る。在の、橘の居る地に、矢張り房子の父親が置けないと首を振ったのだ。房子の母親も、侑徒を一目見た瞬間、破談にし様と決めた。侑徒の容姿が房子より良かった為、並んで歩いた時の娘を不備に感じた。頼りなく母親の目には映ったのだ。
「橘の名前があかんのかなぁ…」
侑徒は悩んだ。だったら自分は一生結婚出来無いでは無いか。
金魚を眺めた。
金魚は一回り大きく為ったが、貧相さは変わらない。
「でも俺、出来るんかな…」
好きに為るのは男ばかりで、深く考えた事無かった。女は嫌いで無いから結婚を考えたが、大事な事をすっかり忘れて居た。女と寝る事が出来無ければ結婚する意味が無い。試した事も無ければ、微塵も考えた事無い。
「嗚呼?俺、致命的ちゃうか…?」
「何がや?」
何時入って来たのか、叔父は持って居た珈琲を侑徒に渡し、並んで金魚を見た。
「よぅ生きるなあ、金魚。」
「叔母さんと一緒に食べんねや、もっと生きるで。」
「食べたりな…殺生な…」
一口飲み、金魚に餌を遣った侑徒は布団に寝た。寝乍ら教科書を読む等しない侑徒にしては珍しく開き、然し其れは教科書では無く、如何わしい風俗誌であった。
侑徒も十九、読んでもおかしくは無いが、叔父は大変ショックを受けた。机の上にある教科書は、余り読まれて居ないのか少し埃が溜まって居た。
侑徒が自ら進んで買う筈は無く、渡したのは廉太郎。ショックに金魚を眺めて居る叔父に、聞いた。
「色は、白い方がええと思うんや。」
金魚の話かと思いきや、女の肌に就いてであった。
「見合い相手は黒かったらしいな。俺は好きやけどなあ、汗ばんだ浅黒ぉい肌とか、そそられるわ。在れは色白の女子には無い色気やで。」
「確かにな、浅黒いんも好きやけど、判らんのと違う?」
「何がや。」
「叩いたりした痕。」
叔父は返答に困った。所謂SMに侑徒は興味を示して居た。
「侑徒は、叩く側か…?」
「縛る派やなぁ。」
「物騒な…」
「ゆうても俺、結構上手いんや。」
床に転がる縫いぐるみを叔父に見せた。写真と同じ通りに兎の縫いぐるみは縛られ、上手いと本人が云うだけあって、見事だった。
痛感した。
侑徒は矢張り、如何遣っても橘の人間であった。
叔父も其の昔、愛人とそんな事をして遊んだ。在の頃は緊縛と云って居たが、近頃はそう呼ぶのかと時代の移りを知る。
「まぁ見事な後ろ手縛りです事…」
柔らかい生地に細いナイロン紐が食い込み、釦で出来た真黒い目は叔父に助けを求めて居た。いや、煌々とランプの光を反射させ、快楽に濡れて居る様であった。
「叔父さん、好っきゃろ。」
「俺にそんな趣味は…」
無いと断言したい所だが、水面に落とした硝子玉みたく揺れ動く侑徒の目に、嘘は吐け無かった。無言を肯定とした。
侑徒は声無く笑い、叔父の首筋に触れると、すんなり布団に押し倒した。
今迄は叔父がそうする立場であったが、滑らかに叔父を求める侑徒の動きに天井を見上げた。
「俺なあ。」
「うん…」
寝巻の上から唇の愛撫を受ける叔父は、段々と息が荒がり、終には勃起した。体毛の流れを口の中で楽しむかの様に舌で遊び、侑徒の愛らしい口が美しいとは到底呼ぶ事の出来ない自分の足に這って居るかと思うと興奮した。
「叔父さん、抱いてみたい。」
金魚は嫉妬見せる様に動き回った。
背徳感に陶酔して居た叔父は、聞かされた言葉に息を詰まらせた。
侑徒が俺を抱く…?
口淫しかして居ないが、叔父は其の時が来た時は侑徒を組し抱く物と考えて居た。尤も、叔父にそんな勇気は無く、口淫止まりなのだ。
「俺を、抱くんか…?」
「せやぁ。」
「俺が抱くんやのぅて?」
仄かな明かりに浮き彫りにされた侑徒の艶に叔父は口を乾かした。決して大きいとは云えない目を極限迄細め、其の隙間から見える眼光、艶、―――情事を知る男の其れであった。
「侑徒、御前…」
叔父は廉太郎の気配に気付いては居ない。在の東京人とそう為ったと勘違いした叔父は、嫉妬に頭を茹立たせた。半ば自棄で「ええよ」と、隆臣に挑戦した。
強烈な色香を放つ口元にキッスをし、後ろ手で縛られた叔父は此れから如何為るのか、緊張と期待に口元を震わせた。
「奇麗に、せんとな…?」
屈折する叔父の膝にキッスをした侑徒は小さな容器を見せ、其れが何か気付いた叔父は血の気を引かした。
「侑徒…?」
「中のもん、全部出さんと。」
「やっぱ…」
止めたいと云ったが、嗤う様に上唇を舐めた侑徒は聞かず、ワセリンを指と容器の先に塗りたくると叔父の其処に触れた。
「息、吐いて。」
固く閉じ、侵入を赦さない其処を「なあ、えやろ?入れてな」と云う風に撫でた。暫く放置して居た愛人の機嫌を伺う男みたいである。指より細い容器先を感じた叔父は肩を強張らし、容器を締め付けた。液体の冷たさに鳥肌が立ち、屈辱を感じるのに、侑徒のうっすら笑みを張り付けた顔には逆らえ無かった。
容器をすっかり空にし、布団で丸まる叔父の頭を撫でた。けれど視線は金魚に向いて居た。侑徒の視線と叔父との睦言に嫉妬した金魚は、何時に無く忙しい。ぴしぴしと切れ良く、必死に存在を主張する。
叔父の小さな呻き声に金魚はびたりと止まり、叔父に向いた。開いた口から嫌悪の涎を垂らし、足の指にかなり力を入れて居た。腹の音を聞いた侑徒は叔父を立たせ、手水に向かわせた。
「何も、出んかったわ…。腹だっきゃ気色悪いわ…」
出て来た叔父の顔色は、暗くとも青いのは判った。眉を上げた侑徒は其の侭風呂場に誘導し、水道口に繋がれた侭のホースを手にした。
庭に水を遣る際、庭の水道口依り風呂場の方が近いと、叔母が繋いだホースだ。
裾を腰迄捲り、腰を付き出さすと其のホースを当て行い、蛇口を捻った。促進剤の比で無い圧と冷たさに叔父は情けなく声を漏らした。
不思議な話、侑徒は一連の流れと叔父の姿に、興奮して居た。顔は相変わらずの無表情だが、身体の中には陶酔感を渦巻かせて居た。
「なあ、侑徒…」
情け無さに涙が滲む。其の顔さえ、侑徒には堪らない物があった。
「御出で、叔父さん。」
「やっぱ止めよや…堪忍…」
「あかん。」
引き摺られる様に部屋に戻され、浴衣は足に張り付き、腹も未だ不快感が残る。摩ろうにもしっかりと結ばれて居る為、動きもしなかった。
叔父を俯せで布団に寝かせ、侑徒は椅子に座ると、机に片腕置いた。
「止めたいんか?」
其の声の調子は、父親に似て居た。
「だって、気持悪いしな…」
余りの調子の似に、危うく兄さんと呼びそうに為る。調子もそうだが、椅子に座り、自分を見下ろす侑徒の雰囲気は父親と類似して居た。
侑徒は確かに、在の父親の息子なのだ。其れを知った。
「俺が?」
「ちゃう…、腹…」
蹲り、微かに身体を揺らすと巨大な虫に見えた。
「止めたってもええけど。」
金魚を向いた侭侑徒は云った。叔父は一瞬安堵したが、逸らされる視線に不安しか覚え無かった。止めれば此れの侭、侑徒が離れるのを知った叔父は「やっぱ、取り消す」と、此処でも嫉妬を見せた。
「そう来な、泰文はん…」
叔父さん、では無く名を呼ばれた叔父は甘い快楽に喘いだ。
「侑徒…」
「何や?」
「もっかい、名前、呼んでな…」
侑徒は笑った。
「焦らんと、なんぼでも呼んだるから。」
云うが、余り信用性が無い。縋り付く様に侑徒の爪先にキッスをし、滑らかな膨ら脛を愛撫した。
「其ん侭…。上…」
太股迄舌が来た時、吐息を漏らし乍ら仰け反った。云われる侭叔父は顔を上げ、静かに教える興奮に顔を寄せた。
腕が動かないと云うのは全く遣り難く、然し興奮するには充分だった。自分の興奮を侑徒に植え付ける様に又教える様に、そそり立つ其れを愛でた。
後ろ手で縛られ、虫の様な姿で口淫する叔父の姿に、表面では愛おしむ様にうっすら笑うが心中では高笑って居た。
「叔父さん、叔父さん…」
目を暝り咥える叔父の目元を撫で、薄く開眼した叔父の目は不服そうであった。
「何?」
「名前呼ぶぅ、ゆうたやないか…」
「嗚呼、せやった。」
矢張り信用は無かった。
口淫の最中、時折吐息を漏らしては、天井を眺めて居た。表情は乏しいが、咥える其処はしっかりと反応した。然し何処か上の空の侑徒に、在の東京人を考えて居るのかと、又嫉妬した。
「侑徒、何、考えてるんや。」
「煙草、吸いたいなて。」
「喫んだらえや無いか。」
「あ、ほんに。ええの。」
珈琲で口を潤した侑徒は、煙草を咥えると静かに火を付けた。
マッチの明かりに直接照らされた侑徒の顔は、色気をまざまざと叔父に見せ付けた。火薬と煙の匂いは侑徒に全く似つかわしく無く、親指と人差し指で煙草を掴んだ手を額に当て、閉じられた睫毛を震わせた。
「侑徒、煙草止めたらええのに。別嬪が台無しやで…」
「せやたら叔父さんもな…。続けてな…」
廉太郎や叔父の様に常用して居る訳では無い侑徒は頭を呆けさせ、拙い呂律で返した。
ランプの光に揺れる様を見せる煙、情緒があるなと侑徒は思い、消すと叔父の身体を離した。
「一杯、愛したるよ。」
叔父の帯を解いた侑徒は、抵抗見せる叔父の目元を其れで塞いだ。視界は塞がれ、手は縛られ、五十にも為ってこんな屈辱を与えられるとは考えても見なかった。然も、溺愛した甥に。
屈辱と感じたが、視界を塞がれたのは都合良かったかも知れない。侑徒の為す術に、恥辱と興奮が混ざり、涙が滲んだ。
侑徒に口淫はして居たが、されたのは実際初めてで、過去に愛人達がして居た物とは比べ物に為らない快楽があった。其処は幾ら奇麗な顔して居ようが男である、廉太郎が云って居た様に流れが判るのだ。
然し、侑徒も侑徒で梃摺って居た。
廉太郎の其れは細長く、口には充分だが、叔父のは太くどっしりと構えて居た。口に余るのだ。咥えると云うよりは舐め、ワセリンを塗った指を入れた。
「うわ…」
「直ぐや、直ぐ。気持良ぉ為るで。」
「ほんまか…?」
名前を呼ぶと云い乍ら呼ばない侑徒に信用は持た無かったが、暫くすると如何だ、通りに為った。だらし無く声は漏れ、此処、と云われた瞬間、足が跳ねた。
「嗚呼…?」
「気持えやろ。」
「何や此れ…」
「其の内、堪らんと為るで…」
視界を塞がれて居る所為か、侑徒の声はすんなりと耳に入る。宗教の教祖が信者を手玉に取る様に、叔父は信じた。
「泰文はん。」
呼ばれた事にも反応したが、其れよりも、局部に重ねられた侑徒の其れの何と熱い事か。擦り合わされると、叔父は其れだけで果てそうだった。
「入れてもえ?」
「ゆっくり、ゆっくり入れてな…?頼むしな…」
「注文多いなぁ。」
「怖いんや…、しゃあ…ないやろ…」
言葉の途中、叔父の口を体重掛け手で塞いだ。其の侭押し入った侑徒はゆっくりと手を離すと膝にキッスをした。
「痛かった?」
圧迫感にぶるぶると膝は震え、呼吸出来無い叔父は噎せ返った。
「ゆっくりって、ゆうたやないか…」
「やって叔父さん、注文多いんや。」
「在の東京モンは、何もゆわへんのんか…」
終に口にして仕舞った嫉妬。叔父ははっとしたが、侑徒は首を傾げた。
「は?誰?」
「誰て…」
名前等覚えて居る訳無い。東京モン、とはっきりと隆臣を示して居るが、侑徒の念頭には全く無い。
「廉…?いや、ちゃうな…。彼奴、中京区の人間やしな…」
侑徒ですら生粋の京男と思う。其れが“東京モン”に変換されるとは到底思えない。
「廉…?廉て誰や。」
初めて聞いた名に狼狽した。
合致した。侑徒の口調が昔訛りの荒さを帯びたのは、そうか、“廉”たる男の所為かと、知った新しい存在に苛立った。
そんな叔父の気も知らず、動かず言葉を繋げた。
「廉太郎。覚えてるかな、公演会で箏弾いてた眼鏡。」
思い出した。紋付きよりも狩衣の方が似合いそうな今時には珍しい顔付き、詰まり極端に昔顔をした男。叔父の頭には残って居た。
「何?其奴と付き合うてんの?」
「さあ。判らへん。」
「侑徒、不純やで。」
顔は清楚なのに、裏切る性格に成り果てた侑徒を叔父は歎いた。此れも全て、在の父親が雁字搦めに縛り付けた結果と、恨んだ。
不思議と、嫉妬は無かった。隆臣には猛烈に嫉妬するのに、廉太郎には全く無い。唯唯、不純さを歎き、父親を恨んだ。
「あれぇ、叔父さんが其れゆわはんのぉ?」
矢鱈明るい声であった。
「俺、侑徒以外の男に興味無いしな…」
「知ってるわ。せやけどなぁ、昔の悪事、忘れたとは、よもやゆわせへんで…?」
「何で知ってんねや…」
「家、構えたらしや無いの。」
「君子か、君子がゆうたんか。」
「阿っ呆やなあ、叔父さん。ばれんとせんと。せやから悪事、ゆうんやで。」
叔母から聞いたのも確かだが、其れよりも前に、侑徒は知って居た。何時もの叔父と態度が違う時、決まって叔父は愛人が居た。気持が其方に向いて居る。侑徒はしっかりと其れを察知して居た。
「叔父さんの愛情は、俺にだけ、向けられてたらええんや。」
「可愛事ゆうやないか。」
「だってなぁ、叔父さんの事、好っきゃもの。其れが女なんぞに向けられるとか、気ぃ悪いわ。」
叔父の其れは“好き”と云う言葉に反応した。予期せぬ告白に、陶酔した。
「ほんまか…?」
「せや無かったら、遠の昔に拒絶してるわ。」
「も、死んでもええわ…。親父、もう迎え来て宜しよ。」
「終わって死んでな?甥との情事中に死ぬとか、洒落為らへん…」
昔は、愛人と腹上死も良いでは無いかと思って居た。けれど、甥に掘られて死にました、では叔父所か橘自体の、末裔迄の恥である。親父も迎えに等来ない。
「叔父さん死なん内に終わらせよ。」
歓喜に半開く口にキッスをし、死なれては困るので優しく抱いた。其れが又叔父を悦ばせた。
――ちょろいわ、ほんになぁ―
果てた叔父に、反り返り、声無く高笑った。そんな侑徒を、まるで鬼や…、金魚は静かに見詰めた。




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