切り取られた風景(後)


果たして美奈子が在のバレッタを付けて演奏したかは侑徒には判らない。門の所で式が終わる三人を待って居た。
空が奇麗なグラデーションを帯び、上の方では星が目立ち始めた。月は未だ白く、車内に漂う煙の様に薄い。
「はぁああろぅう。」
矢鱈明るい声と窓を叩かれた音に、半分寝掛けて居た侑徒はハンドルに膝をぶつけた。今から見合いにでも行くのか、見事な振袖姿の美奈子が居た。髪は黒く染められて居る。椿の花で赤が際立ち、花の淵は全て金糸で囲われる。廉太郎は藍染めの無地で葡萄茶の袴、隆臣は黒のスーツを着て居る。
「四年間御疲れさん。」
美奈子と隆臣は後部席に、助手席には廉太郎が座った。
「疲れた疲れた。」
「ほんま四年、大きにな。」
「廉太郎と居るのが一番疲れるよねぇ。」
三人分の花束で後部席は窮屈そうで、然し、花粉が付くと、花は全て隆臣に押し遣られて居る為、美奈子は余裕ありそうではある。
美奈子は此の侭、東京に戻る。花は侑徒にあげる、と京都駅に付いた美奈子は卒業証書と鞄だけ持って下りた。手にはもう一つ紙袋があり、両親への手土産かと思いきや、侑徒に渡された。
「何?」
車内で渡せば良い物、矢張り隆臣と付き合う女、抜けて居た。
中はマフラーであった。無い此の二週間、何れ程寒かったか。凍死寸前か、と思われる程帰宅する侑徒の顔は強張り、見兼ねた叔母が「何処に忘れて来たん」「冬にマフラー忘れるとか阿呆違うか」と自分の、一番暖かい藤色のストールでぐるぐる巻きにした。何やかやで叔母、優しいのだ。
「何で翌日呉れ何だ…」
御蔭で藤色のストール等巻き、大学に行く嵌めに為ったと、美奈子に文句垂れた。
「渡すタイミング、判んなくてさ。二週間位良いかなって。」
「京都の寒さ、舐めなや…」
「うん、御免。」
謝るがあっけらかんとして居る。
東京行きの電車が来る迄の間、廉太郎は煙草蒸し、隆臣は出張先から戻って来た、下り電車から下りた芸者達に「あんら隆やないのぉ」と捕まって居た。
「姐さん方。御疲れ様です。」
「此の後直ぐ、御座敷やで。」
「ほんましんどいわぁ…」
「せやし隆、東京戻る前ぇ一度、姐はんに顔見せよし。」
「行かせて頂きます。」
キャスターの付く鞄を転がす芸者、中々に面白い物を見たと美奈子は近付く風を感じた。風は段々と強く為り、アナウンスが流れた。ごぅっと電車は突風引き連れ、停車した。
見た電車の長さに侑徒は魂消、此れが東京迄走るのかと唸った。
「見事やなぁ…」
「侑徒もさ、此れに乗って、一度東京に御出でよ。」
「気ぃ向いたらな。」
「期待しないけど…」
電車は此れから十分停車して居る。出て、車内で高いだけで大した代物で無い駅弁を買うのは御免である。暇そうな廉太郎に売店で“駅弁以外の物”を買って呉る様美奈子は云った。
「何で俺やの。隆臣に頼みなはれ。」
「アンタが売店に一番近いから。駅弁買って来たら線路に落とすから。」
「へいへい…」
今日だけはきちんと頭を結え、と母親に云われた廉太郎は、高い位置で結んだ髪を揺らす。其の髪の揺れは「嫌だな」「嗚呼嫌だな」と美奈子に反発して居た。
「首、奇麗なぁ、廉。首筋だけ見たら女やなぁ。」
藍色から、夏でも日に当たらない白い肌はすっと伸び、頭を繋ぐ場所は括れて居る。襟足がかなり浅い。耳の中頃迄肌は見えて居た。
「え、今頃知ったの?だから彼奴、髪伸ばしてんだよ。」
「そうそう。入学した頃も長かったんだけど、其の頃は肩甲骨位だったから纏めてた。」
そうしたら廉太郎、三年の先輩(男である)より「御前の首筋見てるとムラムラする」と鳥肌物を云われた。其れから廉太郎は絶対に後ろから首筋が見えない様努めた。ムラムラされたら堪ったものでは無いのだ。
聞いた侑徒、嗚呼確かにな、と一人廉太郎に向いて居た。
「侑徒…?廉太郎は止めな…?廉太郎選ぶ位ならあたしを選んでよ。」
「嫌ぁ…無理…」
「ケバいもんね。侑徒には無理だね。」
「其の前に、な…?」
「嗚呼良い、云わないで。」
美奈子は耳を塞いだ。
「はい、御待っとぅさん。」
渡された袋、見た美奈子は睨み返した。
「日本語理解出来無いのかっ」
「駅弁以外、やろ?せやからほらな、遠ぉ回ぁしに、駅弁買うて来いゆうてはんねやぁ、…とな…?」
扇子をくるり、美奈子の額に一度当てると自分の唇に往復で当てた。投げキッスの積もりである。
「廉太郎に頼んだ、あたしが馬鹿だったっ」
「せやから、初めにな?隆臣に頼みぃ、うち、云いましたよぉ?美奈子はぁん?」
憎たらしい笑顔で投げキッスを繰り返し、金は払わないから、と舌を出した。
「要らん要らぁん。早ぅ帰りなはれぇ。」
「二度と来ないわよっ」
派手な振袖女を、奇麗な首筋した麿眼鏡男が扇子振り回しからかって居るのだから、乗り込もうとする子供の興味を引いた。京都の男って面白いね、と。
「面白いもんかっ、こんな眼鏡っ」
「おーおー、なんぼでもゆうたら宜しよ。御嬢、こんな女子に為ったらあかんえ。」
「でも御姉ちゃん、凄く奇麗だよ。」
「ほぅら御覧っ」
やっぱり御前の目が悪いのでは無いか。苦渋の表情浮かべる廉太郎に美奈子は鼻で笑い、アナウンスが流れた。
電車に乗り、発車音は煩く鳴った。
「じゃあ、ね。廉太郎、侑徒、隆臣。」
「ほんなら、な。」
「御元気で。」
「俺も暫くしたら行くから。其の内会える。」
「うん。」
美奈子は精一杯に涙を堪えて居た。侑徒とは笑顔で別れたかった。泣き顔より笑顔を覚えて居て欲しかった。
がたん、と電車は少し揺れ、ドアーが閉まり始めた。瞬間、廉太郎は美奈子の頭を自分に引き寄せると素早く離し、すれすれドアーは空気を抜かし閉まった。
「ほんまは嘘。惚れてた。」
硝子越しに扇子を向け、美奈子は張り付いた。
「畜生麿眼鏡っ。侑徒が良かったっ」
開けろと云わんばかりに美奈子はドアー叩くが、嗤う様に電車は動いた。
侑徒はドアーから喚く美奈子を、しっかり思い出にした。隆臣はやっぱりそうだったんだ、一年の頃から怪しいと思って居たと、暫く電車に付いて居た。
「隆臣っ、彼奴ボコボコにしてぇ……っ」
「良いよっ」
最後に一度、ドアーを強く叩くと、電車はスピードを上げ、ホームから滑り出た。電車は後ろ姿を小さく見せたが、美奈子の絶叫は未だ聞こえそうであった。
廉太郎を横目で見上げた侑徒は、「何?」と矢張り横目で見下ろす廉太郎。
「泣かんと、廉。」
「泣いてへんわ。」
侑徒とて馬鹿では無い。廉太郎が何故自分に態々関係を強いたのか、美奈子を見る廉太郎の目を見れば判った。
「隆臣。」
「何ぃ?」
「廉の傷心会するえ。」
「良いね。」
「も、要らんしな…」
「良いじゃん良いじゃん。俺も美奈子に振られた男だから。傷見せ合いましょ、兄さん。」
「舐め合いと違うか…」
「其の美奈子を虜にした、そして振った、侑徒の持ちだよね…?」
廉太郎から扇子を受け取った隆臣は真似てくるり。扇子を侑徒の顎下に当てた。
「年下に集るとか…」
「誰の所為。」
「はい御免為さい、俺が悪いんです。」
ずっしりと両肩に伸し掛かった二人の腕。其の重さは的中し、侑徒の貯金は一晩で半分消えた。




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