熟れた罪


同じだ。何処に逃げても、結局は同じになる。生まれてくる子供に、この罪が、変わる訳では無い。
だったら逸そ、私だけ逃げ様。
私が居なくなれば、全ては解決する。私が、居なければ、こんな事には、初めからならなかった。彼が私を愛する事も、愛し合う事も、罪が生まれる事も。何も、無かった。全ての元凶は、私にある。
私さえ、――――――居なければ。
私は、発狂した。
「姉さん。」
慌てた彼は、私を抱き締め、落ち着かせようと必死になるが、私は其れを振り払った。そして其の侭台所に向かい、使い慣れた其れを手に持った。
月光に照らされ、美しく光る包丁。
彼はたじろぎ、ゆっくりと近付き、私は其れを払う様に、振り回した。
「姉さん、危ないから。其れ、頂戴。」
私は乱れた髪を払い、笑った。
「私は、もう、良いのよ。」
「良いから、頂戴。ね。」
伸ばした手を私は切り付け、滴り落ちる血に、笑った。
「御免ね。御免為さいね、拓也。」
傷口を握り、恨めしそうな目で見る彼に、私は刃物を向けた。
「そう思うなら、早く其れを寄越せ。」
「ううん。無理よ。謝っても、私の存在は許されない。だから、もう、良いの。」
「姉、さん―。」
私は笑って、彼の足に刃物を突き刺した。動けない様に、深く。声無く悶える彼の足から引き抜き、寝室に向かう。施錠をし、ゆっくりとベッドに座った。彼の血で濡れた其れは、とても美しく、私を恍惚とさせた。
逃げるのは簡単。私一人で良い。けれども、其の逃げる姿を、彼には、絶対見せたく無かった。
ドアーの外から、悲痛な声が聞こえるが、私は無視をした。
「姉さん、ねえ。此処を開けて。御願いだから。」
何度も聞こえる声。
昔聞いた、あの甘える様な其の声。何時も私の後ろばかり追い掛けて、私が居ないと何も出来なかった彼。そんな彼が可愛くて、愛しくて、何時しか愛してしまった。
其れが間違いだった。
全ての元凶は、此処。
何度も何度も愛し合ったベッドを触り、涙が流れた。
「弱い母で、御免ね。」
腹を擦り、ドアーに近付く。
「拓也。」
「姉さん。」
腹を見、ドアーを触った。彼の背中に縋る時の様に、身体を密着させ、呟く。
「愛してるわ。誰よりも。」
「俺も、愛してるよ。だから、御願い、開けて。姉さん―。」
「愛しているのなら御願い。見ないで。」
「俺を一人にするなよ。」
座り込んだのか、下の方で、音が響く。
「愛してるわ、拓也。」
「一人に、しないでくれ。」
「大丈夫、貴方なら、一人でも充分生きてゆけるわ。」
「嫌だ。嫌だ嫌だ。俺は。」
彼の声を聞きながら、私は刃物を高く振り上げた。
「拓也、愛してるわ。」
聞こえるか聞こえないかの声で私は呟き、自分に突き刺した。
広がる痛みに耐えながら、何度何度も、刺した。
鼓動が止まる、其れ迄。




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