
闇に重なる視線(15/30)

暗闇の奥で。
何かがこちらを見ていた。
彩艶は息を止める。
木々の隙間。
揺れる影。
だが気配はひとつではない。
右。
左。
後ろ。
上。
ぞわり、と背筋が粟立つ。
気配が増える。
彩艶は反射的に後退ろうとして、足を止めた。
囲まれている。
その理解だけが、一瞬で全身を冷やした。
――いた。
闇の中からぬるりと影が現れる。
痩せた鬼。
異様に長い腕。
裂けた口。
その後ろ。
さらに別の影。
木の上にも。
低い笑い声が響いた。
「なんだぁ?」
「女じゃねぇか」
「しかも怯えてる」
喉がひゅ、と鳴る。
視線。
視線。
視線。
見られている。
全身を舐め回すみたいな目。
彩艶の呼吸が浅くなる。
逃げたい。
怖い。
身体が動かない。
鬼たちはすぐ襲ってこない。
囲むように歩く。
笑う。
楽しむように。
「固まってるぞ」
「喰う前に泣くか?」
「可愛い顔してんなぁ」
彩艶の手が震えた。
刀の柄を握れない。
呼吸がうまくできない。
視界が狭い。
足が重い。
頭では分かっている。
動かなければ死ぬ。
でも。
怖い。
囲まれている。
見られている。
逃げたい。
『嫌……』
喉の奥で、声にならない音が漏れた。
鬼が一歩近付く。
彩艶の肩が震える。
その瞬間。
脳裏に浮かぶ。
『待ってるねぇ!』
蜜璃の声。
朝の光。
優しく髪を結う手。
そして。
『……生きて帰ります』
自分で言った言葉。
彩艶は震える息を吸い込んだ。
死にたくない。
帰らなきゃ。
鬼の一体が跳びかかる。
彩艶は反射的に刀を抜いた。
金属音。
火花。
重い衝撃が腕へ走る。
「っ……!」
そのまま二体目が迫る。
速い。
彩艶は咄嗟に身体を捻る。
爪が頬を掠めた。
熱い。
血が流れる。
恐怖で息が乱れる。
鬼たちの笑い声が響く。
「避けた!」
「いいなぁ、遊べる!」
「すぐ死ぬなよ?」
彩艶は歯を食いしばる。
壱ノ型は未完成。
連撃はできる。
でも、通し切れない。
それでもやるしかない。
踏み込む。
「色の呼吸――」
浅く息を吸う。
震える足で地面を蹴る。
「壱ノ型――」
流れるように刃を振る。
一撃。
二撃。
三撃。
連なる斬撃。
鬼の腕を裂く。
だが浅い。
切断までは届かない。
「ぁぁ?」
鬼が嗤う。
次の瞬間。
横から別の鬼が突っ込んできた。
彩艶は咄嗟に飛び退く。
爪が服を裂く。
呼吸が乱れる。
視界が揺れる。
怖い。
多い。
速い。
囲まれる。
その時だった。
鬼たちの動きが、一瞬だけずれる。
右から来る鬼。
左から回る鬼。
木の上の鬼。
その動きの流れの中で。
ほんの僅かに。
空いた。
彩艶は考えるより先に、そこへ身体を滑り込ませていた。
鬼の腕が空を切る。
「なっ――」
包囲が崩れる。
彩艶は地面を蹴った。
逃げる。
木々の間を駆け抜ける。
後ろから怒声が響く。
「待て!!」
「逃がすか!!」
息が苦しい。
肺が痛い。
足が震える。
でも止まれない。
死にたくない。
生きなきゃ。
彩艶は必死に、暗い山の中を駆け続けた。
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月下彩譚