
震える切先(16/30)

木々の間を駆け抜ける。
枝が頬を掠めた。
息が苦しい。
肺が焼けるように痛い。
後ろから鬼たちの声が追ってくる。
「待てぇ!!」
「逃げんなよ!!」
「足速ぇなぁ!!」
彩艶は振り返らない。
振り返れば、恐怖に飲まれる気がした。
走る。
走る。
必死に。
だが。
気配が消えない。
追ってきている。
何体も。
彩艶は歯を食いしばった。
逃げ切れない。
山の中を走り続けても、
いずれ追いつかれる。
呼吸は乱れている。
体力も削られていく。
このままでは先に自分が潰れる。
その時。
斜面へ差しかかる。
足元が傾く。
彩艶の身体が、ほんの少しだけ軽く動いた。
――流れる。
重心が自然に前へ落ちる。
木々の配置。
地面の高低差。
身体が勝手に、通りやすい場所を探す。
彩艶は一瞬だけ目を見開いた。
後ろ。
鬼たちが無理やり斜面を駆け下りてくる。
動きが雑になる。
速さが揃わない。
前へ出る鬼。
木へぶつかる鬼。
わずかに流れが崩れる。
その瞬間。
彩艶の足が止まった。
鬼たちが笑う。
「やっと止まった!」
「終わりだなぁ!!」
一体が飛び込んでくる。
彩艶は低く息を吸った。
怖い。
手が震える。
でも。
逃げ続けても、死ぬ。
なら。
ここでやるしかない。
鬼の腕が振り下ろされる。
彩艶は半歩ずれた。
爪が肩を掠める。
痛み。
だが止まらない。
鬼の横を流れるように抜ける。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
鬼たちの動きが噛み合わない。
空いた。
彩艶は反射的に踏み込む。
「色の呼吸――」
息が乱れる。
それでも無理やり繋ぐ。
「壱ノ型――!」
刃が走る。
一撃。
二撃。
三撃。
同じ場所へ。
何度も。
何度も。
鬼の首筋へ叩き込む。
浅い。
まだ浅い。
だが。
鬼の表情が変わる。
「ぁ――?」
刃が食い込む。
彩艶は歯を食いしばった。
止まるな。
通せ。
もっと。
もっと。
最後の一撃を振り抜く。
首が飛ぶ。
鬼の頭部が地面へ転がった。
一瞬。
静寂。
だがすぐ、残りの鬼たちが怒声を上げる。
「このガキ!!」
彩艶の呼吸が乱れる。
怖い。
でも。
今ので分かった。
浅く斬るだけじゃ駄目だ。
同じ場所へ通さなければ届かない。
鬼が迫る。
彩艶は再び地面を蹴った。
斜面を流れるように駆ける。
木々を使う。
動きをずらす。
鬼同士の動線が重なる。
ほんの僅かに空く。
そこへ踏み込む。
刃を重ねる。
何度も。
何度も。
恐怖で泣きそうになりながら、彩艶は刀を振り続けた。
やがて。
最後の鬼の首が落ちる。
どさり、と音がした。
静かだった。
彩艶はその場へ膝をつく。
息ができない。
肺が痛い。
手が震える。
刀を握る指に力が入らない。
怖かった。
今も怖い。
涙が滲む。
けれど。
生きている。
彩艶は荒い呼吸のまま、震える手で刀を握り直した。
そしてゆっくり立ち上がる。
まだ、一日目は終わっていなかった。
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月下彩譚