
浅き斬撃(18/30)

四日目。
夜。
彩艶は木へ背を預け、荒い息を吐いた。
身体が重い。
傷も増えていた。
腕。
肩。
足。
浅い傷ばかりだ。
だが数が多い。
じわじわと体力を削られていく。
眠れていない。
まともに休めてもいない。
夜になる度、胃が冷える。
鬼が怖い。
今も。
ずっと。
彩艶は刀を握り直した。
震えはもう完全には消えない。
だが。
最初の頃ほど、身体が止まることも無くなっていた。
山の中を進む。
傾斜。
木々。
高低差。
自然と、身体が流れやすい場所を選んでいる。
その時だった。
――どん。
鈍い音が響く。
地面が揺れた。
彩艶の足が止まる。
また。
どん。
木々の奥から、何か巨大なものが近付いてくる。
嫌な汗が流れた。
重い。
気配が。
今までと違う。
本能が警鐘を鳴らす。
危険。
逃げろ。
だが、次の瞬間。
木が折れた。
轟音。
巨大な影が姿を現す。
彩艶は息を呑んだ。
大きい。
異様なほど。
筋肉が膨れ上がった鬼だった。
腕が太い。
口元には裂けるような笑み。
濁った目が、ゆっくり彩艶を見下ろす。
「……小せぇなぁ」
低い声。
それだけで、身体が強張る。
鬼が一歩踏み込む。
地面が軋む。
強い。
彩艶は反射的に理解した。
今までの鬼とは違う。
格が違う。
逃げなきゃ。
頭ではそう叫んでいる。
だが。
鬼の視線が、彩艶を捉える。
ぞわり、と背筋が冷えた。
足が止まりそうになる。
鬼が嗤う。
「怯えてんなぁ」
次の瞬間。
腕が振るわれた。
速い。
彩艶は咄嗟に飛び退く。
轟音。
さっきまで立っていた場所の地面が砕けた。
土が弾け飛ぶ。
彩艶の呼吸が乱れる。
強い。
一撃が重すぎる。
まともに受ければ終わる。
鬼が再び踏み込んでくる。
速い。
巨体とは思えない。
彩艶は木を蹴る。
斜面へ流れる。
避ける。
だが追いつかれる。
風圧だけで身体が震える。
怖い。
怖い。
怖い。
逃げたい。
でも。
逃げ切れる気がしない。
鬼が笑う。
「逃げ回るだけかぁ?」
「つまんねぇなぁ!!」
腕が振り下ろされる。
彩艶は滑り込むように避けた。
地面が砕ける。
衝撃で身体が揺れる。
息が詰まる。
このままじゃ押し切られる。
彩艶は歯を食いしばった。
やるしかない。
踏み込む。
低く息を吸う。
「色の呼吸――」
恐怖で肺が震える。
それでも繋ぐ。
「壱ノ型――」
地面を蹴る。
流れる。
身体を止めない。
一撃。
鬼の首筋を裂く。
二撃。
同じ場所を狙う。
三撃。
さらに深く。
だが、浅い。
鬼の皮膚が裂けるだけ。
筋肉が硬い。
通らない。
鬼が嗤った。
「軽ぃなぁ」
次の瞬間。
鬼の腕が振り抜かれる。
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月下彩譚