
砕けゆく息(19/30)

鬼の腕が振り抜かれる。
彩艶は咄嗟に後ろへ飛んだ。
だが避け切れない。
衝撃。
横殴りの力が身体を掠める。
「っ――!!」
視界が揺れた。
次の瞬間、彩艶の身体が吹き飛ぶ。
地面へ叩きつけられる。
肺から空気が抜けた。
息ができない。
土の上を転がり、木へ激突する。
鈍い痛みが背中へ走った。
「……ぁ……っ」
声にならない。
視界が滲む。
痛い。
怖い。
鬼がゆっくり近付いてくる。
重い足音。
どん。
どん。
逃げなきゃ。
頭では分かる。
でも身体が動かない。
鬼が嗤う。
「なんだぁ?」
「さっきの威勢はどうした?」
彩艶の肩が震える。
怖い。
強い。
今までの鬼とは違う。
壱ノ型が通らなかった。
同じ場所を狙った。
それでも浅い。
届かない。
鬼が目の前まで来る。
大きい。
圧迫感だけで呼吸が止まりそうになる。
「終わりかぁ?」
鬼の腕が持ち上がる。
振り下ろされる。
その瞬間。
彩艶の身体が反射的に動いた。
転がる。
轟音。
さっきまでいた場所の地面が砕け散る。
土が飛ぶ。
彩艶は息を呑んだ。
当たれば死ぬ。
本当に。
死ぬ。
恐怖で手が震える。
刀を落としそうになる。
鬼が再び踏み込む。
速い。
逃げなきゃ。
でもどこへ。
頭が混乱する。
その時。
視界の端に、斜面が映った。
木々。
傾斜。
岩。
流れる地形。
彩艶の呼吸が止まる。
――抜けられる。
理由は分からない。
でも。
そこなら。
彩艶は反射的に地面を蹴った。
走る。
斜面へ飛び込む。
鬼が怒声を上げた。
「逃げんのかぁ!!」
轟音と共に追ってくる。
彩艶は振り返らない。
木を蹴る。
傾斜を滑る。
身体が流れる。
平地より、動ける。
重心が自然に繋がる。
鬼が腕を振るう。
木が砕ける。
破片が飛ぶ。
怖い。
息が乱れる。
涙が滲む。
悔しい。
通らなかった。
全然届かなかった。
自分の剣は弱い。
足りない。
何もかも。
鬼の笑い声が追ってくる。
「逃げろ逃げろぉ!!」
「潰してやる!!」
彩艶は歯を食いしばった。
怖い。
苦しい。
でも。
止まれない。
生きなきゃ。
帰らなきゃ。
彩艶は木々の間を、必死に駆け抜けていった。
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月下彩譚