
抜けるその先(20/30)

六日目。
夜。
冷たい風が木々を揺らしていた。
彩艶は斜面の途中で足を止め、浅く息を吐く。
白い息が夜へ溶けた。
身体が重い。
腕が上がりにくい。
足も痛む。
傷口は乾き切らず、動く度に熱を持った。
眠れていない。
まともに食べてもいない。
疲労で視界が滲む時もある。
それでも。
彩艶はまだ立っていた。
山へ入った時とは違う。
恐怖は消えていない。
鬼は今でも怖い。
気配を感じるだけで、心臓が強く跳ねる。
視線を向けられれば、息が詰まりそうになる。
だが。
身体が止まり切らなくなっていた。
彩艶はゆっくり顔を上げる。
風。
葉擦れ。
夜の匂い。
そして。
気配。
いる。
二体。
少し離れた場所。
彩艶は刀へ手を添えた。
以前なら、気配を察知した瞬間に身体が硬直していた。
だが今は違う。
怖い。
でも、動ける。
鬼が木々の奥から現れる。
痩せた鬼だった。
もう一体は背が高い。
彩艶を見つけ、にやりと口を歪める。
「いたぞ」
「ボロボロじゃねぇか」
彩艶の呼吸が浅くなる。
怖い。
でも、足は止まらない。
鬼が飛び込んでくる。
彩艶は斜面を滑るように駆けた。
地面の傾きへ重心を流す。
木を蹴る。
身体が自然に繋がる。
鬼の爪が空を切った。
その瞬間。
彩艶の視界の中で、鬼たちの動きがずれる。
前へ出る鬼。
遅れる鬼。
木に阻まれる動線。
ほんの一瞬だけ。
空く。
彩艶の身体が、無意識にそこへ流れ込んだ。
避ける。
抜ける。
振り返りざまに刃を振るう。
「色の呼吸――」
息を繋ぐ。
肺が痛い。
それでも止めない。
「壱ノ型――」
一撃。
二撃。
三撃。
鬼の首筋へ連続で叩き込む。
浅い。
まだ浅い。
だが以前より、少しだけ深い。
鬼の顔が歪む。
彩艶は止まらない。
もう一度踏み込む。
鬼が腕を振るう。
だが、どこから来るか少し分かる。
流れ。
動線。
身体の向き。
ほんの僅かに。
“通りやすい場所”が見える。
彩艶は半歩ずれた。
鬼の爪が頬を掠める。
痛い。
でも、まらない。
斜面を利用して身体を流す。
鬼同士の動きが重なる。
一瞬空く。
そこへ踏み込む。
連撃。
首へ。
同じ場所へ。
何度も。
何度も。
鬼の首が落ちた。
どさり、と音がする。
彩艶の呼吸が乱れる。
だがもう一体が迫っていた。
怖い。
身体が震える。
でも、前みたいに頭が真っ白にはならない。
鬼が跳ぶ。
彩艶は木を蹴った。
身体が自然に斜面を流れる。
避ける。
抜ける。
鬼の横へ回る。
そして。
刃を通す。
鬼が叫ぶ。
彩艶は歯を食いしばった。
通せ。
浅く終わるな。
止まるな。
最後の一撃を振り抜く。
鬼の首が飛んだ。
静寂。
彩艶はその場へ膝をつく。
息が苦しい。
肺が焼けるように痛い。
手が震える。
刀を握る指先に、もう力が入らない。
怖かった。
今も怖い。
でも、少しだけ。
戦い方が変わってきている。
彩艶は荒い呼吸のまま、地面へ視線を落とした。
“通りやすい場所”がある。
鬼の動きが、噛み合わなくなる瞬間がある。
そこを抜ければ。
死なない。
まだ、勝てる剣じゃない。
それでも。
生き残るための形には、少しずつ近付いていた。
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月下彩譚