
東雲に光る鋼(21/30)

七日目。
夜明け前。
空はまだ薄暗かった。
彩艶は木にもたれたまま、ぼんやりと空を見上げる。
寒い。
身体の芯まで冷えている。
傷が痛む。
腕も脚も重い。
刀を握るだけで、指先が震えた。
もう何体斬ったのか分からない。
何回逃げたのかも。
何度、死ぬと思ったのかも。
頭の奥がぼんやりする。
それでも。
生きている。
彩艶は浅く息を吐いた。
鬼の気配が薄い。
夜が終わる。
もうすぐ朝だ。
その実感だけが、少しずつ身体へ染み込んでくる。
風が吹く。
木々が揺れる。
静かだった。
最初に山へ入った夜と同じくらい。
でも違う。
あの時の自分は、恐怖でほとんど動けなかった。
今も怖い。
鬼は怖い。
視線も怖い。
けれど。
身体はもう勝手に動く。
気配を探る。
足場を見る。
流れを探す。
どこを通れば、死なないか。
それが自然に身体へ染み付いていた。
彩艶はゆっくり立ち上がる。
朝日が近い。
その時だった。
遠くで鐘の音が響く。
――からん。
静かな音。
山へ広がっていく。
彩艶は目を見開いた。
終わり。
最終選別が。
終わった。
その瞬間。
全身から力が抜けそうになる。
膝が震える。
呼吸が乱れる。
生きている。
本当に。
生き残った。
彩艶はしばらくその場で動けなかった。
達成感は無い。
嬉しいとも違う。
残っているのは。
怖かった記憶。
通らなかった感覚。
助けられなかった声。
そして。
“届かなかった”剣。
それだけだった。
やがて彩艶は、重い身体を引きずるように山を下りる。
藤の花が見えた。
その瞬間。
張り詰めていたものが、少しだけ緩む。
入口には、数人しか立っていなかった。
少ない。
あまりにも。
彩艶は静かに目を伏せた。
白髪の子供たちが現れる。
感情の薄い声が響く。
「最終選別、お疲れ様でした」
彩艶は黙ったまま聞いていた。
ぼんやりしている。
頭が上手く働かない。
「これより皆様には、玉鋼を選んでいただきます」
案内される。
並べられた鋼。
どれも無機質な岩色だった。
鈍い灰色。
冷たい鉄の光。
彩艶はその前で立ち止まる。
どれを選べばいいのか分からない。
身体が重い。
眠い。
痛い。
鬼の声がまだ頭の奥に残っている。
『軽ぃなぁ』
『逃げんのかぁ!!』
『怯えてる』
彩艶は小さく息を呑んだ。
その時。
朝日が差し込む。
一瞬。
ひとつの玉鋼の表面へ色が走った。
青。
いや、紫。
違う。
桃色にも見えた。
彩艶が目を瞬く。
次の瞬間にはただの灰色へ戻っている。
気のせいかもしれない。
疲れているだけかもしれない。
それでも。
なぜか目が離せなかった。
彩艶はゆっくり手を伸ばす。
冷たい鉄の感触。
その瞬間。
不思議と少しだけ呼吸が落ち着いた。
まだ弱い。
まだ届かない。
それでも。
この剣で、もっと先へ行かなければならない。
彩艶は静かにその玉鋼を選び取った。
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月下彩譚