
ほどけた糸(22/30)

朝の光が差し込んでいた。
柔らかな日差し。
暖かいはずなのに、彩艶の身体はまだ冷えている。
甘露寺蜜璃の屋敷。
見慣れた屋敷の前で、彩艶はしばらく立ち尽くしていた。
帰ってきた。
その実感が、まだ上手く湧かない。
身体が重い。
傷も痛む。
眠気も限界だった。
でも。
山の中よりずっと静かだ。
鬼の気配が無い。
それだけで、張り詰めていた呼吸が少し緩む。
その時。
「彩艶ちゃんっ!!」
明るい声が響いた。
ばたばたと駆けてくる足音。
彩艶が顔を上げる。
蜜璃だった。
彩艶の姿を見た瞬間、蜜璃の目が大きく揺れる。
傷だらけの訓練着。
乾いた血。
青白い顔。
それでも。
ちゃんと立っている。
蜜璃はそのまま、泣きそうな顔で駆け寄った。
「おかえりぃぃ……!!」
その声で。
ようやく少しだけ、現実感が湧いた。
彩艶は目を瞬く。
蜜璃の手が、震えるように彩艶の腕へ触れる。
生きているか確かめるみたいに。
彩艶は小さく息を吐いた。
そして。
「……ただいまです」
掠れた声で、そう返した。
蜜璃の目に涙が滲む。
「よかったぁ……」
「ほんとに……」
彩艶はぼんやりと蜜璃を見る。
嬉しい。
安心した。
きっとそうなのに。
胸の奥へ残っているのは、別の感覚だった。
――通らなかった。
巨大な鬼。
何度叩き込んでも、届かなかった剣。
軽い、と笑われた。
自分の斬撃は、まだ浅い。
足りない。
全然。
彩艶は無意識に、刀を握る手へ視線を落とした。
蜜璃が気付く。
「彩艶ちゃん……?」
彩艶は小さく首を振った。
「……まだ」
声が掠れる。
「弱かったです」
蜜璃が静かに目を見開く。
彩艶は俯いたまま続けた。
「生き残れましたけど……」
「全然、届かなくて……」
思い出す。
弾かれる感触。
浅い斬撃。
吹き飛ばされた身体。
怖かった。
悔しかった。
蜜璃はしばらく何も言わなかった。
ただ静かに、彩艶の背中へ手を添える。
その温度が、少しだけ張り詰めたものを緩めた。
彩艶は小さく目を伏せる。
疲れていた。
もう限界なくらい。
でも。
心の奥では、消えないものが燃えている。
届かなかった。
だから。
もっと強くならなければいけない。
確実に通す剣が必要だ。
彩艶はゆっくり息を吐いた。
朝の光が、静かに二人を照らしていた。
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