
纏い切れない黒(23/30)

昼下がり。
柔らかな風が、庭の木々を揺らしていた。
彩艶は縁側へ座ったまま、ぼんやりと庭を見つめている。
最終選別から戻って数日。
傷は少しずつ塞がってきた。
身体も動く。
それでも、完全には戻らない。
夜になると未だに目が覚める。
暗闇。
鬼の気配。
届かなかった斬撃。
あの感覚だけが、まだ身体の奥へ残っていた。
その時。
「彩艶ちゃーん!」
明るい声が響く。
彩艶が顔を上げる。
蜜璃が庭を駆けてくる。
その後ろには、見慣れない男がいた。
大きな風呂敷包みを抱え、きょろきょろと辺りを見回している。
「いたいた!」
蜜璃は嬉しそうに笑った。
「隊服が届いたの!」
彩艶は小さく目を瞬く。
「……隊服」
その言葉で、ようやく少しだけ実感が湧く。
鬼殺隊。
自分はもう、その一員として扱われるのだ。
「おー、お前が華月彩艶?」
男がずかずか近付いてくる。
「……?」
「前田まさお!隊服係!」
妙に勢いがある。
彩艶は少しだけ身構えた。
まさおはそんなこと気にもせず、彩艶を上から下まで見て――
「うわ細っ!!」
第一声がそれだった。
彩艶の眉がぴくりと動く。
「ちゃんと飯食ってる!?折れない!?」
「……食べてます」
「ほんとかぁ?」
じろじろ見られる。
彩艶はわずかに後ろへ引いた。
蜜璃は隣で楽しそうに笑っている。
「まさおさん、彩艶ちゃんすごく頑張ったのよぉ!」
「いや頑張ったとか以前に細いって!」
まさおは勝手にぶつぶつ言いながら、風呂敷を広げ始めた。
「とりあえず採寸!立って!」
「……今ですか」
「今だ!」
勢いに押され、彩艶は静かに立ち上がる。
そこからは嵐だった。
肩へ触れ、
腕を持ち上げ、
脚の長さを測り、
何故か歩かされる。
「もう一回踏み込んで!」
「……こう?」
「違う違う、戦う時!」
「……」
彩艶は少しだけ戸惑いながら構えを取る。
踏み込み。
流れるように身体を動かす。
その瞬間。
まさおの目が少し変わった。
「……あー」
小さく呟く。
「なるほどな」
彩艶は目を細める。
「……何ですか」
「お前、“流す”タイプだ」
「力で押すんじゃなくて、繋いで斬る」
図星だった。
彩艶は少しだけ黙る。
まさおは顎へ手を当て、ぶつぶつ考え始めた。
「既製品だと多分潰れるな……」
「肩も脚ももっと動かしたいタイプか」
「軽さもいるし……」
「あと絶対硬い布向いてねぇ」
彩艶は少しだけ瞬きをする。
思っていたより、ちゃんと見ている。
「よし!」
突然、まさおが顔を上げた。
「任せろ!」
⸻
数日後。
再び屋敷へやって来たまさおは、妙に満足げな顔をしていた。
「できたぞー!」
どん、と置かれる包み。
彩艶は静かにそれを開く。
そして。
「……」
動きが止まった。
黒を基調にした隊服。
だが、普通ではない。
深く開いた胸元。
大胆なスリット。
身体の線へ沿う形。
軽そうな素材。
明らかに、普通ではなかった。
「……これ、普通なんですか」
真顔で聞く。
まさおは即答した。
「動きやすさ重視だから!」
「甘露寺さん見ろ!」
蜜璃は嬉しそうに頷く。
「かわいいわよぉ!」
逃げ場がない。
彩艶はしばらく無言だった。
まさおは腕を組む。
「お前、流れる動きするだろ」
「だったら重いの向いてねぇんだよ」
「あと脚運び邪魔したくない」
「胸元も捻りやすさ優先」
完全に言い切った。
だが確かに、理屈としては通っている。
彩艶は小さく息を吐いた。
「……着ればいいんですね」
「そう!」
⸻
着替え終わり、庭へ出る。
風が布を揺らす。
軽い。
驚くほど。
踏み込んでも、布がほとんど邪魔をしない。
彩艶はゆっくり構える。
一歩。
踏み込む。
身体が流れる。
「……軽い」
思わず呟く。
まさおが得意げに笑った。
「だろ?」
蜜璃もぱっと顔を明るくする。
「すごく似合ってる!」
彩艶は小さく視線を落とした。
腰へ差された、まだ新しい日輪刀。
黒い隊服。
鬼殺隊の装い。
少し前まで、遠いものだった。
まだ実感は薄い。
まだ未完成だ。
それでも。
確かに一歩ずつ、前へ進んでいる。
彩艶は静かに刀へ触れる。
風が、そっと髪を揺らした。
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月下彩譚