
繋ぎ止める形(25/30)

夜の稽古場は静かだった。
障子の外では、風が木々を揺らしている。
彩艶は一人、木刀を握っていた。
深く息を吸う。
呼吸を整える。
そして――踏み込む。
刃が流れる。
一撃。
二撃。
三撃。
止めずに繋ぐ。
流れるように。
けれど。
「……違う」
ぴたりと動きを止める。
彩艶は小さく息を吐いた。
軌道は悪くない。
前よりも、確実に流れは出来ている。
それなのに。
届かない。
最後の一歩が、どうしても浅くなる。
彩艶は再び構える。
踏み込む。
速く。
深く。
その瞬間。
胸元がずれる感覚に、意識が引かれた。
「……っ」
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
だが、その迷いで軸がぶれる。
結果、踏み込みが甘くなる。
木刀が止まる。
静寂。
彩艶はゆっくりと木刀を下ろした。
「……また」
苛立ちが滲む。
最終選別からずっとそうだった。
“通らない”。
力が逃げる。
届き切らない。
流れはあるのに、最後で崩れる。
彩艶は無意識に胸元を押さえた。
動けば、開きそうになる。
深く踏み込めば、布がずれる。
戦闘中、そちらへ意識が割かれる。
それが嫌だった。
「……集中、したいのに」
小さく零れる。
その時。
「彩艶ちゃん?」
柔らかな声。
振り向くと、蜜璃が立っていた。
「まだ起きてたのねぇ」
彩艶は少しだけ視線を逸らす。
「……眠れなくて」
蜜璃は静かに近付いてくる。
そのまま、木刀を持つ彩艶の前へ立った。
「少し見てもいい?」
彩艶は小さく頷く。
再び構える。
踏み込む。
流す。
繋ぐ。
そして――
止まる。
ほんのわずかに、蜜璃の目が細くなる。
「……今、止まった」
彩艶の肩がわずかに揺れる。
「踏み込みのところ」
「少しだけ身体が逃げてるわ」
図星だった。
彩艶は俯く。
「……どうしても」
声が小さくなる。
「気になるんです」
蜜璃は静かに待つ。
彩艶は少し迷ったあと、ぽつりと零した。
「動くと……ずれそうで」
「気になって、集中が切れる」
「踏み込もうとすると、止まる」
言葉にしてしまうと、思っていた以上に情けなかった。
だが蜜璃は笑わなかった。
「そっか」
ただ優しく頷く。
「それなら、合ってないのかもしれないわね」
彩艶が顔を上げる。
「……隊服が?」
「うん」
蜜璃は柔らかく笑った。
「私は平気。でも、それは私の身体と戦い方だから」
「彩艶ちゃんは違うもの」
その言葉に、彩艶は少しだけ目を見開く。
「同じじゃなくていいの」
蜜璃はまっすぐ言った。
「彩艶ちゃんの戦い方に合う形を探した方がいいわ」
風が静かに吹き抜ける。
彩艶は小さく視線を落とした。
今まで、“慣れればいい”と思っていた。
でも違う。
これは、戦いの中で確実に邪魔になっている。
「……直せるかな」
ぽつりと零れる。
蜜璃はすぐ笑った。
「まさおさんなら喜んでやると思う!」
⸻
翌日。
彩艶は隊服を抱え、まさおの元を訪れていた。
「おー、彩艶!」
まさおはいつもの軽い調子で振り返る。
だが。
彩艶の表情と、差し出された隊服を見た瞬間。
少しだけ顔が変わった。
「……なんかあったな?」
彩艶は少し迷ったあと、静かに話す。
踏み込み。
軸ブレ。
集中の乱れ。
胸元への意識。
まさおは途中から、完全に黙って聞いていた。
そして最後、小さく息を吐く。
「……あー」
頭を掻く。
「軽さ優先しすぎた」
珍しく素直な声だった。
彩艶は少しだけ瞬きをする。
まさおは隊服を持ち上げ、じっと見つめる。
「流れは合ってんだよ」
「でもお前、深く入る時に身体支える方が向いてるな」
ぶつぶつ呟きながら考え込む。
そして。
「追加する」
顔を上げた。
「……追加?」
「ハーネス」
まさおは迷いなく言う。
「胸元固定して、ついでに体幹も支える」
「踏み込みの力、逃がさないようにする」
彩艶は静かにその言葉を聞いていた。
“支える”。
その発想は、今まで無かった。
「……そんなこと、出来るんですか」
「誰に言ってんだ?」
まさおがニヤリと笑う。
「隊服係だぞ」
⸻
数日後。
改良された隊服。
胸元を支える黒いハーネス。
身体へ沿うように走る固定具。
以前より、どこか引き締まった印象。
彩艶は静かに袖を通す。
そして。
踏み込む。
――止まらない。
身体がぶれない。
意識が散らない。
流れた力が、そのまま刃へ繋がる。
「……!」
彩艶の目がわずかに見開かれる。
違う。
今までと。
踏み込みの感覚が、初めて綺麗に繋がった。
後ろでまさおが満足そうに笑う。
「それでやっと、お前の形だ」
彩艶は静かに呼吸を整える。
そしてもう一度、踏み込んだ。
今度は迷いなく。
- 25 -
*前次#
ページ:
月下彩譚