流れは刃となりて(27/30)綴彩堂上線
彩艶は踏み込む。

鬼の腕が唸りを上げた。
速い。

だが視界の中では、無数に揺れていた芽の一本だけが、強く伸びている。

そこへ通る。
そう感じた瞬間、身体が迷わなかった。

「――っ!」

刃が流れる。
一撃。
鬼が避ける。

だが芽は消えない。
避けた先から、新しい芽が伸びる。

彩艶は止まらない。

二撃。
三撃。

流れる。
以前なら、ここで途切れていた。

踏み込みの瞬間。
軸がぶれ、
意識が散り、
流れが切れていた。

けれど今は違う。
ハーネスが身体を支える。

深く踏み込んでも、流れが崩れない。

しのぶが鬼の進路へ回り込む。
細い刃が閃く。

「――ふっ」

突き。
鬼が強引に身体を捻った。

その瞬間だった。
芽が、一斉に揺れる。

分岐していた芽が、次々に枯れていく。
そして。

一本だけが残った。

鬼の首へ向かって、真っ直ぐ伸びる芽。

彩艶の呼吸が深く沈む。
流れが繋がる。

視界。
踏み込み。
呼吸。
刃。

全部が一本になる。

(――通る)

その瞬間。
彩艶の身体が滑るように踏み込んだ。

「色の呼吸 壱ノ型――」

刃が流れる。

「彩流」

連撃ではなかった。
止まらない一つの流れ。

繋がり続ける斬撃。
伸びた芽へ、そのまま刃が通る。

鬼の目が見開かれた。
次の瞬間。

首が、落ちる。

静寂。
風が吹き抜けた。

彩艶は静かに息を吐く。
まだ身体が熱い。

だが不思議と、今までみたいな乱れが無かった。

視界の中。
無数に広がっていた芽が、ゆっくりと消えていく。
その余韻だけが、淡く残った。

「……なるほど」

後ろから声が落ちる。
振り返ると、しのぶが静かにこちらを見ていた。
その目は、最初より少しだけ真剣だった。

「今の、面白いですね」

彩艶は少しだけ目を瞬かせる。

しのぶは続けた。

「私が崩した瞬間へ、ほとんど迷わず入ってきた」

図星だった。

彩艶は少し視線を落とす。

「……見えるんです」

ぽつりと零れる。

しのぶが目を細めた。

「見える?」

彩艶は少し迷った。
上手く説明できる自信は無い。
それでも、ゆっくりと言葉を探す。

「鬼が崩れ始める時……たまに、“芽”みたいなものが見えるんです」

「芽?」

「……はい」

彩艶は自分の言葉を確かめるみたいに続ける。

「どこへ流れるか、とか」
「どこが繋がるか、とか」
「そういう“始まり”みたいなものが……」

曖昧な説明。
けれど嘘ではない。

しのぶは否定しなかった。
むしろ少し興味深そうに微笑む。

「なるほど」

柔らかな声。

「だから、あんなに自然に入れるんですね」

彩艶は小さく瞬きをする。

しのぶは鬼の消えた場所へ視線を向けた。

「……完成しましたね」

その言葉に、彩艶の呼吸が止まる。

完成。

壱ノ型。

未完成だった流れ。
届かなかった踏み込み。
全部が、今ようやく繋がった。

彩艶は静かに刀を握り直した。
まだ余熱みたいに、身体の奥へ感覚が残っている。

帰路。

空は少しずつ白み始めていた。
山道を歩きながら、しのぶがぽつりと零す。

「でも、少し素直すぎますね」

彩艶が顔を上げる。

「……素直?」

「ええ」

しのぶは前を向いたまま続ける。

「見えた場所へ、真っ直ぐ通しているでしょう?」

図星だった。
彩艶は小さく黙る。

「綺麗ですけど、読まれると危ない」

静かな指摘。
だが否定ではない。

むしろ、次へ進ませるための言葉だった。

しのぶは少しだけ笑う。

「芽は変わるでしょう?」

伸びて、
枯れて、
分岐する。

戦闘中、何度も見た。

彩艶は静かに頷く。
しのぶは続ける。

「待つだけじゃなく、“咲かせる”ことも出来るかもしれませんよ」

「……咲かせる?」

「はい」

しのぶの目が細くなる。

「崩れるのを待つだけじゃなく、自分で流れを誘導するんです」

その言葉に、彩艶の視界の奥で何かが揺れた。

鬼の動き。
しのぶの誘導。
伸びていた芽。

流れは待つものだけじゃない。
作れる。

彩艶は静かに前を向く。
朝焼けが、少しずつ山を染め始めていた。

その光の中で、まだ形にならない何かが確かに胸の奥へ残っていた。
綴彩堂下線
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