鬼が流れる先(28/30)綴彩堂上線
夜風が冷たい。
山道を歩きながら、彩艶は静かに視線を落としていた。

足元で、小石が微かに鳴る。
頭の中では、あの夜の光景が何度も繰り返されていた。

しのぶの動き。
崩される鬼。
伸びる芽。

――待つだけじゃなく、“咲かせる”。

彩艶はそっと息を吐く。

「……咲かせる、か」

あれから数日。

壱ノ型は確かに完成した。
以前より流れも安定している。

それでも。
まだ何か足りない感覚が残っていた。

芽は見える。
だが、“見えるだけ”では届かない相手がいる。
そんな予感が、胸の奥に引っかかっていた。

その時。
バサバサッ、と羽音が落ちる。

「華月彩艶! 任務!」

鎹鴉。
彩艶は顔を上げた。

「山中ニテ隊士複数負傷! 鬼一体確認!」



現場へ着いた頃には、空気が重かった。
木々の間に血の匂いが残っている。

倒れた隊士。
引き裂かれた地面。
抉れた木肌。

彩艶は静かに周囲を見渡した。

……強い

気配だけで分かる。
鬼はまだ近い。

その時。

「また来たのかァ?」

低い声。

木の上。

鬼がこちらを見下ろしていた。

細い身体。
異様に長い腕。
裂けるような笑み。

だが何より。
目が冷たい。

獲物を見る目ではない。
“観察している”目だった。

「今度は女か」

鬼が笑う。

「鬼殺隊ってのは、似たような流れをするよなァ」

その瞬間。
鬼が消えた。
速い。

だが彩艶の視界には、既に芽が浮かんでいた。

右。

踏み込む。

「色の呼吸 壱ノ型――」

流れる。

だが。
鬼が笑った。

「へぇ」

目が細くなる。

「真っ直ぐ通してくるタイプか」

ゾッ、と背筋が冷える。

避けられる。
流れを読まれている。
彩艶は咄嗟に軌道を変える。

だが鬼は既に次の動きを選んでいた。

爪が頬を掠める。

浅い。
それでも、今まで感じたことのない嫌な感覚が残った。

読まれている。

鬼は着地しながら、面白そうに目を細めた。

「なるほどなァ」

「そうやって繋いでくるのか」

彩艶は静かに呼吸を整える。

芽は見えている。

鬼の肩。
脚。
喉。

無数の芽が伸びている。
だが、どれも途中で変わる。

枯れる。
ズレる。
読まれている。

……違う

壱ノ型が悪いわけじゃない。
鬼が、流れへ合わせてきている。

彩艶は踏み込む。

今度は少し動きを変える。

身体を捻る。
軌道を揺らす。
視線を流す。

しのぶを思い出す。
誘導するように。
舞うように。

鬼の目が一瞬だけ彩艶の袖を追った。

……今

芽が伸びる。
だが次の瞬間。
鬼は鼻で笑った。

「見せつけてんのか?」

拳が振り抜かれる。
重い。

彩艶は後ろへ飛ぶ。
地面を滑る。

「違う違う」

鬼が笑う。

「お前、“人間相手”の動きしてるだろ」

心臓が跳ねた。
図星だった。
鬼は首を鳴らす。

「綺麗に動けば迷うとか?」

「んなわけねぇだろ」

彩艶の視界で、芽が大きく揺れる。
だが繋がらない。

鬼は“見惚れて”いない。
観察している。
狙っている。
殺そうとしている。

根本から違う。

鬼が踏み込む。
彩艶は迎え撃つ。

動きを変える。
間合いを変える。
踏み込みを揺らす。

だが、ズレる。
芽が伸びても、途中で分岐する。
定まらない。

鬼が笑った。

「浅ぇなァ」

次の瞬間。

衝撃。


「っ――!!」

視界が揺れる。
脇腹に爪が深く食い込む。

熱い。
息が詰まる。

身体が吹き飛んだ。
地面へ叩きつけられる。
肺から空気が抜けた。

「……ッ、は……!」

立て。
立たなければ。
だが身体が鈍い。
血が広がる。

鬼はゆっくり近付いてきた。

「お前、面白ぇけど」

「“見えてる”だけだな」

彩艶の視界で、無数の芽が揺れていた。

伸びる。
枯れる。
分岐する。

見えている。
なのに届かない。

鬼が笑う。

「その程度じゃ、殺せねぇよ」

彩艶は血の滲む唇を噛んだ。

その瞬間。
鬼の視線がほんの一瞬だけ、彩艶の喉元へ止まった。
綴彩堂下線
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