
弐ノ型・揺映(29/30)

鬼の視線がほんの一瞬だけ、彩艶の喉元へ止まった。
その瞬間だった。
芽が揺れる。
今まで無数に分岐していた芽が、一方向へ偏った。
彩艶の呼吸が止まる。
……違う
今までと。
鬼は今、“反応した”。
綺麗な動きにではない。
殺せる隙に。
本能で。
鬼が笑う。
「終わりだ」
踏み込んでくる。
速い。
だが彩艶は動かなかった。
いや、正確には。
“待った”。
鬼の視線。
肩の入り。
爪の軌道。
そして。
喉元へ伸びる芽。
(……そこ)
彩艶はゆっくり刀を持ち上げた。
わざと遅く。
わずかに体勢を崩す。
鬼の目が細くなる。
「はっ」
喰いついた。
その瞬間。
芽が一気に伸びる。
無数だった流れが、鬼の視線へ引かれるように偏っていく。
彩艶の瞳が静かに開かれた。
(これだ)
見惚れさせるんじゃない。
反応させる。
意識を揺らす。
鬼の本能を、一瞬だけ固定する。
鬼が爪を振り下ろす。
その瞬間。
彩艶の身体が滑った。
ふわり、と。
視界を撫でるみたいな踏み込み。
揺れる袖。
流れる髪。
視線を掠める軌道。
鬼の目が、ほんの一瞬だけ止まる。
判断が遅れる。
芽が一本へ収束した。
彩艶の呼吸が深く沈む。
「色の呼吸 弐ノ型――」
流れる。
けれど壱ノ型とは違う。
真っ直ぐじゃない。
揺れる。
誘う。
視線を攫い意識を揺らし、その隙間へ滑り込む。
「揺映」
刃が閃いた。
鬼の目が見開かれる。
遅い。
気付いた時には、既に刃が首へ届いていた。
斬撃。
首が宙を舞う。
静寂。
鬼の身体が崩れ落ちる。
彩艶はその場で膝をついた。
「……ッ」
傷が深い。
脇腹から熱が流れ続けている。
呼吸が乱れる。
けれど視界の中では、一本へ収束していた芽がゆっくり消えていった。
彩艶は静かに息を吐く。
「……咲いた」
ぽつりと零れる。
待つだけじゃない。
誘導し、偏らせ、伸ばさせる。
それが、“咲かせる”。
意識が霞む。
身体が重い。
遠くで鎹鴉の声が聞こえた気がした。
「華月彩艶! 応答セヨ!」
彩艶はぼんやり空を見上げる。
木々の隙間から、夜明け前の淡い光が見えていた。
そしてそのまま、静かに意識を手放した。
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月下彩譚