
測れない色(1/3)

朝の訓練場には、乾いた土の匂いが漂っていた。
隊士達の掛け声が飛び交い、木刀のぶつかる音が絶え間なく響いている。
彩艶は息を整えながら、向かい合う隊士へ木刀を構えた。
開始の合図と同時に踏み込む。
一撃。
流れを切らず、そのまま二撃目へ繋ぐ。
だが次の瞬間、僅かに踏み込みが浅くなった。
そこを狙われる。
肩口へ木刀が触れた。
「そこまで!」
訓練係の声が響き、彩艶は木刀を下ろした。
息が熱い。
額の汗を拭う間にも、周囲では次の模擬戦が始まっていく。
「華月、お前やっぱ独特だな」
対戦していた隊士が苦笑混じりに言った。
「褒めてませんよね、それ」
「いや、でもやりづらいんだよ」
「タイミング狂うっていうか」
別の隊士も笑いながら口を挟む。
「弐ノ型完成したんだろ?」
「前よりだいぶ強くなってるよな」
「けど、まだ荒い感じある」
「何か……強さが分かりづらいんだよ」
彩艶は曖昧に笑った。
その反応には聞き覚えがある。
色の呼吸はまだ未完成だ。
流れを重ね、繋ぎ、崩す。
力任せでもなければ、単純な速度特化でもない。
だからこそ、伝わりづらい。
「まぁでも、蜜璃様の継子だもんな」
誰かがそう言った。
その瞬間、また視線が集まるのを感じた。
「あの子が継子か」
「思ったより細いな」
「でも顔綺麗だよな」
「隊服似合うし」
小声で交わされる会話。
途中で止まる言葉。
じっと向けられる視線。
興味。
好奇。
値踏み。
時には、嫌にまとわりつく目。
彩艶は気づかないふりをした。
もう慣れている。
慣れてしまっていた。
だから何も言わない。
ただ木刀を握り直す。
けれど実際に剣を交えると、空気は変わる。
「……やりづら」
「流れ読めねぇんだよな」
見た目の印象と剣筋が一致しない。
だからこそ、隊士達の中でも彩艶の評価は定まり切っていなかった。
まだ足りない。
弐ノ型は完成した。
任務でも以前より戦えるようになった。
それでも、届かない感覚が残る。
ほんの僅かな遅れ。
繋ぎ切れない呼吸。
浅い踏み込み。
課題はまだ山ほどあった。
だから彩艶は、訓練後も一人で残るようになっていた。
夕暮れ。
人の減った訓練場は静かだった。
昼間の喧騒が嘘みたいに、風の音だけが耳に残る。
彩艶は腰の刀へ手を添えた。
静かに日輪刀を抜く。
夕陽を受けた刀身が鈍く光った。
ゆっくり息を吸う。
肺を満たし、呼吸を整える。
色の呼吸、弐ノ型。
踏み込む。
流れるような連撃。
揺らぐ軌道。
斬撃に合わせるように、夕陽の光が刀身を滑っていく。
まだ浅い。
もっと繋げられる。
もっと流せる。
もう一度、踏み込もうとした時だった。
「……それ、何の呼吸?」
突然落ちてきた声に、彩艶は肩を揺らした。
振り返る。
訓練場の入口近くに、ひとりの少年が立っていた。
黒髪。
霞みみたいに薄い気配。
静かな目。
最近、訓練場でよく名前を聞く隊士。
時透無一郎。
彩艶は少しだけ目を瞬かせてから答えた。
「……色の呼吸、です」
「色?」
無一郎はわずかに首を傾げる。
「知らない」
「派生呼吸なので」
「ふーん」
興味があるのか無いのか分からない声だった。
けれど、その視線だけは彩艶の日輪刀を追っている。
沈黙が落ちる。
夕風が二人の髪を揺らした。
無一郎はしばらく彩艶を見ていたが、やがてぽつりと呟いた。
「変な流れ方するね」
彩艶の眉がぴくりと動く。
「……変、ですか」
「悪くない方」
さらりと言う。
まるで空模様の感想みたいに。
彩艶は少しだけ言葉に詰まった。
無一郎はそれ以上何も言わない。
数秒だけ訓練場を眺め、それから踵を返した。
「……え」
思わず声が漏れる。
だが無一郎はそのまま歩いていく。
呼び止める間もない。
静けさだけが残った。
彩艶は呆然と、その背中を見送る。
(……何なんでしょう、あの人)
夕暮れの風が吹く。
握った日輪刀が、まだ少し熱を残していた。
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月下彩譚