霞に映る彩(2/3)綴彩堂上線
翌日。

朝の訓練を終えた彩艶は、木刀を抱えたまま縁側へ腰を下ろしていた。

汗で張りついた前髪を指で払う。
肺が熱い。

今日は模擬戦の数が多かった。

「華月、最近また残るよな」

隣に座った隊士が水筒を傾けながら言う。

「少しだけです」

「その“少し”が長ぇんだよ」

苦笑混じりの声。

「まぁでも、分かる気はする」

別の隊士が会話へ混ざってきた。

「弐ノ型完成したとはいえ、まだ繋ぎ不安定だしな」

図星だった。
彩艶は小さく視線を逸らす。

「けどお前、かなり伸びてるぞ」

「最初より全然強い」

「まぁ、華月は独特すぎて参考にならんけど」

「それ褒めてます?」

「半分くらいは」

隊士達が笑う。

その時だった。
少し離れた場所で、小さなざわめきが起きる。

「あ、時透だ」
「また訓練場来てる」

彩艶もつられて視線を向けた。

黒髪の少年が、静かに歩いている。

淡い霞みみたいな空気。
年齢に似合わない静けさ。
時透無一郎。

「この前、上級隊士相手に一本も取られなかったらしいぞ」

「嘘だろ?」

「いやマジ」

「気づいたら懐入られてるんだって」

隊士達の声を聞きながら、彩艶は無一郎を見ていた。
訓練中の姿なら見たことがある。

無駄がない剣だった。
静かで、速い。

気づけば間合いへ入っている。

そんな剣。

けれど、印象として強く残っているのは、昨日の言葉だった。

『変な流れ方するね』

『悪くない方』

思い出してしまい、彩艶は僅かに眉を寄せる。

……変な人

その視線に気づいたのか。
無一郎がふとこちらを向いた。

目が合う。

彩艶が反応するより先に、無一郎はまた興味を失ったみたいに視線を逸らした。

そのまま静かに通り過ぎていく。

「華月?」

「……え?」

「聞いてたか?」

「あ、すみません」

慌てて視線を戻す。

隊士達は特に気にした様子もなく笑っていた。

その日の夕方。

彩艶はまた、一人で訓練場へ残っていた。

夕焼けが地面を赤く染めている。
静かな空気。
昼間の喧騒が遠い。

彩艶は日輪刀を抜く。
鞘走る音が静寂へ溶けた。

呼吸を整える。
肺を満たす。
意識を繋ぐ。

色の呼吸、弐ノ型。

踏み込む。
斬撃を繋ぐ。
流れを切らない。
揺らぐ軌道を重ねる。

だが途中で、わずかに呼吸が乱れた。
刃筋がぶれる。

違う。

彩艶は動きを止め、小さく息を吐いた。

まだ足りない。
もっと滑らかに繋げたい。

「今日は昨日より静か」

不意に落ちてきた声。

彩艶は肩を揺らし、振り返る。

また居た。
訓練場の端。

無一郎が立っている。

「……いつから居たんですか」

「今来た」

相変わらず気配が薄い。
彩艶は小さく息を吐く。

無一郎は訓練場へ近づくでもなく、その場で彩艶を見ていた。

正確には、彩艶の剣を。

「昨日より流れ途切れてない」

「……そうですか?」

「うん」

淡々とした声。
けれど嘘を言っている感じはしない。

彩艶は少しだけ視線を落とした。

周囲の隊士達は、強いか弱いかで語ることが多い。

変わった剣。
読みにくい流れ。
やりづらい呼吸。

でも無一郎は違う。
昨日との差を見ている。
積み上がりを見ている。

それが少し、不思議だった。

「……時透さんって」

彩艶がぽつりと口を開く。

「何ですか?」

「よく人の訓練見ますよね」

「別に」

即答だった。

「通った時に見えてるだけ」

「はぁ……」

本当にその程度の感覚なのだろう。
無一郎の声音には、特別な熱がなかった。

沈黙。

風が吹き抜ける。

無一郎はしばらく彩艶の日輪刀を見ていたが、やがて小さく呟く。

「でも、毎回違う」

彩艶が目を瞬かせる。

「君の剣」

夕風が、黒髪を揺らした。

「昨日と今日で違う」

その言葉に、胸の奥がわずかに熱を持つ。

今までずっと積み上げてきた。
才能だけでは届かないから。

何度も繰り返して。
少しずつ変えて。
繋げてきた。

その変化を、ちゃんと見ている人がいる。
不思議な感覚だった。

彩艶は小さく視線を逸らす。

「……まだ全然です」

「そう?」

「未完成なので」

無一郎は少しだけ彩艶を見つめ、それから静かに言った。

「でも、前より滑らか」

その言葉だけ残して、無一郎は踵を返す。

また、ふらりと来て。
ふらりと去っていく。

彩艶は呆然とその背中を見送った。

……何なんでしょう、あの人

けれど、不思議と嫌ではなかった。

夕暮れの風が吹く。
握った日輪刀には、まだ熱が残っている。

彩艶はもう一度、静かに刀を構えた。
綴彩堂下線
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