流れゆく剣(7/30)綴彩堂上線
朝と夕方の訓練が続くようになってから、彩艶の生活は剣だけになった。

朝、蜜璃と基礎を繰り返す。
昼は型の反復。
夕方には再び打ち込み。

夜になる頃には腕が鉛みたいに重くなっているのに、それでも翌朝にはまた木刀を握った。

最初の頃は、蜜璃も「頑張り屋さんだねぇ♡」と嬉しそうに笑っていた。
けれど数日が過ぎる頃には、流石に少し驚き始めていた。

「彩艶ちゃん、ほんとに休まなくて大丈夫ぅ?」

夕暮れの訓練場。
蜜璃は心配そうに彩艶の顔を覗き込む。
彩艶は乱れた呼吸を整えながら、小さく頷いた。

「まだやれます」

「でも手、赤くなってるよぉ……?」

視線を落とせば、掌の皮は擦り切れて薄く滲んでいた。
けれど、不思議と痛みは気にならなかった。

それよりも。

何度振っても届かないことの方が、ずっと苦しかった。

「……もう一回、お願いします」

その声に、蜜璃は少しだけ困ったように笑う。

「うーん……じゃあ最後ね!」

そう言って再び木刀を構えた。

蜜璃の剣は相変わらず綺麗だった。
大きく、柔らかく、流れるように繋がる。
まるで呼吸そのものが剣になったみたいだった。

対して彩艶の剣は、どこか引っかかる。

一撃ごとに止まってしまう。
繋がらない。
だから浅い。

頭では分かっているのに、どう直せばいいのか分からなかった。
その日の訓練が終わった頃には、空はすっかり暗くなっていた。

「今日はちゃんと休むんだよぉ?」

蜜璃はそう言って屋敷へ戻っていく。

彩艶も「はい」と答えた。

けれど足は、自然と裏山へ向かっていた。
夜の山道は静かだった。

昼間の熱が抜けた空気は冷たく、湿った土の匂いが鼻を掠める。

彩艶は人気のない斜面で立ち止まった。
昼の訓練で崩れた時、妙に動きやすかった感覚が頭に残っていた。

平地ではなく、傾斜のある場所。

不安定な足場。
どうしてか分からない。

でも、あの時だけ少し剣が流れた気がした。

彩艶は木刀を握り直す。
踏み込む。
振る。


――バシッ。


だが、やはり浅い。

「……違う」

小さく呟く。
もう一度。

踏み込む。
斬る。
繋げる。

だが途中で身体が止まる。

一撃ごとに力んでしまう。
そのたびに流れが途切れた。

何度繰り返しただろう。

腕は重く、呼吸は熱く、脚は震え始めていた。
それでも彩艶は木刀を下ろさない。

届きたかった。
鬼を斬れる剣に。
蜜璃みたいな強さに。

その執念だけで立っていた。

「……っ!」

強く踏み込んだ瞬間、湿った土へ足を取られる。

身体が傾く。

転びかけた身体を咄嗟に捻り、そのまま無理やり二撃目を振った。


――ザシュッ。


乾いた音が響く。
彩艶は思わず目を見開いた。

木へ刻まれた傷。
一撃目の内側へ、二撃目がほとんど同じ軌道で重なっていた。

深い。

今までより、明らかに。

彩艶はゆっくり近づき、指先で傷をなぞった。

「……同じ場所」

ぽつりと声が零れる。

一撃では浅い。
なら。

二撃重ねたら?
三撃なら?
何度も通したら?

胸の奥で、何かが噛み合う感覚がした。

彩艶は再び木刀を構える。
今度は強く振ろうとしなかった。

流す。
止めない。
繋げる。

踏み込み、その勢いのまま次へ移る。

一撃。
二撃。
三撃。

斬撃が少しずつ繋がっていく。

まだ不格好だった。
軌道も甘い。
呼吸も乱れる。

それでも、今までとは違った。

「……っ」

彩艶の瞳が揺れる。

初めてだった。
“押し切る”以外の感覚を掴んだのは。

その夜、彩艶は何度も斜面を駆けた。
転び、滑り、息を切らしながら、それでも木刀を振り続ける。

そして気付き始める。

強く振ろうとすると、流れが死ぬ。
止まるから浅い。
力むから繋がらない。

だったら。


止まらなければいい。

「……流す」

夜風の中で、小さく呟く。
その言葉はまだ、形になっていなかった。
けれど確かに。

彩艶の剣は少しずつ、“流れ”を覚え始めていた。
綴彩堂下線
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