
壱ノ型・彩流(8/30)

翌朝、彩艶はほとんど眠れないまま庭へ出た。
空はまだ薄青く、朝露を含んだ空気が静かに肌を撫でる。
昨夜の感覚が、まだ身体の奥に残っていた。
流れた。
繋がった。
届いた。
未完成だった。
それでも確かに、今までとは違った。
彩艶は木刀を握る。
冷えた柄を握り込むと、擦り切れた掌がじわりと痛んだ。
ゆっくり呼吸を整える。
そして踏み込む。
一撃。
二撃。
流すように繋げる。
――ヒュッ。
だが二撃目で軌道が僅かにズレた。
身体が流れきらない。
呼吸も途中で乱れる。
「……まだ」
小さく呟く。
昨夜みたいにはいかない。
安定しない。
維持できない。
身体が追いついていない。
それでも彩艶は分かっていた。
確かに“形”は見え始めている。
今までの剣とは違う何かが、自分の中で生まれ始めていることを。
その日の稽古で、蜜璃は少しだけ黙る時間が増えた。
彩艶の剣が変わり始めている。
前より速い。
止まらない。
軌道が読みにくい。
けれど同時に、危うかった。
少し崩れれば全部乱れそうな脆さがある。
「うんうん! 強くなってる〜!」
蜜璃はいつものように笑いながら木刀を受け止める。
彩艶は息を整え、再び踏み込んだ。
一撃。
二撃。
三撃。
止めずに繋げる。
流す。
切り返さない。
その瞬間だった。
ヒュッ――と空気を裂く音が響く。
彩艶の連撃が、一瞬だけ蜜璃の構えを抜けかけた。
蜜璃の目が僅かに見開かれる。
止まらない剣。
力はまだ弱い。
けれど、“流れ”だけで抜けてくる。
彩艶自身も驚いたように目を見開いていた。
今の感覚。
掴みかけたのに、次の瞬間には消えていく。
「……もう一回、お願いします」
息を切らしながら彩艶が言う。
蜜璃は少しだけ黙ったあと、ふわりと笑った。
「うんっ!」
その日から、彩艶はさらに斜面での訓練を増やした。
平地ではなく、足場の悪い場所。
湿った土。
崩れた地面。
傾斜。
最初は何度も転んだ。
踏み込みが乱れる。
軌道がズレる。
連撃が途中で止まる。
それでも彩艶は木刀を振り続けた。
強く振ろうとすると、流れが死ぬ。
力むと繋がらない。
逆に。
余計な力を抜いた時だけ、斬撃は自然に重なった。
まるで水が流れるみたいに。
「……押すんじゃない」
夜の斜面で、彩艶は小さく呟く。
「流す……」
呼吸を整える。
肺へ空気を入れる。
巡らせる。
そして踏み込んだ。
一撃。
二撃。
三撃。
斬撃が止まらない。
身体が自然に次へ繋がっていく。
軌道が重なる。
流れ続ける。
――ザァッ。
連続した斬撃音が、夜の山へ響いた。
次の瞬間。
目の前の竹束が、時間差で崩れ落ちる。
彩艶の息が止まった。
深い。
今までで一番。
しかも、力任せじゃない。
流れの中で、自然に届いている。
彩艶はゆっくり木刀を握り直した。
蜜璃みたいにはなれない。
同じ剣にはならない。
でも。
自分には、自分の剣がある。
軽いなら。
流せばいい。
足りないなら。
重ねればいい。
届かないなら。
届くまで通せばいい。
夜風が黒髪を揺らす。
彩艶は静かに目を閉じた。
そして。
ゆっくりと、その名を口にする。
「――壱ノ型」
再び踏み込む。
流れるように。
止まらず。
繋げながら。
「彩流」
斬撃が夜の斜面を駆け抜けた。
それはまだ未完成だった。
長く維持もできない。
呼吸も不安定。
身体も未熟。
それでも確かに。
一撃では届かなかった少女が、“流れ”によって届かせるために生み出した剣。
それが。
色の呼吸、最初の型。
壱ノ型・彩流だった。
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