水音が離れない脳

雨だ。じっとりと肌に張り付く湿気。気分も滅入る。あぁ、こんな日は布団から出たくないけど、今日も朝だ。

雨だ。やだなぁ。空から水が降ってくる。世界がなんとなく青いような、モノクロのような。やだなぁ。

そんなことを思いながら一日頑張って、買い物して、帰宅して、今日は金曜日。

「おかえり、焦凍」
「...ただいま、姉さん」

じ、と私の顔色を伺う焦凍。どうしたの?と首を傾げたら、なんでもない、と笑ってくれる。
部活には入ってない焦凍の帰宅時間はだいたい五時とか、六時とか。今から稽古場に籠るんだろう。

「何か飲んでから行きなね。麦茶でいい?」
「うん」

私のあとをついてこようとしたので、先に着替えておいで、と声をかけた。素直に部屋へ小走りで向かうのが相変わらず可愛い。
だって世の中学生って反抗期に入るんでしょう?うるせーババア、とかお母さんに言うんでしょう?確かに私は母ではないけど、焦凍は(私に対して)反抗期に入る兆しを見せない。全部父の方にいってるのかしら。

そう思いながら氷を入れたグラスに麦茶を注ぐ。ぬかった、氷が今入れたので最後だったわ。

軽くクッキーなどなど用意しながらリビングに運べば、ちょうどジャージに着替えた焦凍が出てきた。

「今日もご飯7:30ね。お父さんもその時間には帰るって」
「帰ってこなくていいあんなヤツ。今日は何だ?」
「あんな人でも一人で食べるのは寂しいんじゃない?外で食べてくればいいのに。今日はね、ぶりが安かったの。照り焼きにしようと思って」
「今日俺ご飯多目にしてほしい」
「ふふ、りょーかい」

ぐいっ、と麦茶を飲み干してじゃあ、と稽古場に向かう焦凍。程ほどにね、と声をかけて私も台所へ戻った。



六時半。父が帰宅してしまった。

「照り焼きか?」
「先にスーツ脱いでよ。シャツ洗濯するの誰だと思ってるの?」
「...あぁ」

ちょっと私を見て、部屋に消えていく父。あーあ、まだ雨降ってる。

「焦凍は」
「稽古場。行かないでよ、機嫌悪くなっちゃうから」
「反抗期か...」
「治ることないわよ」

夕食用のサラダを和えながら口を開く。こんなもんかしら。あとでトマト乗っけたら完成かな。ラップをして冷蔵庫に突っ込もうとしたら父が冷蔵庫の前にいる。いらっ。

「ねぇサラダ入れらんないんだけど」
「冬美、氷が無いぞ」
「あぁ...(補充忘れた)。冷蔵庫に入れてたんだから麦茶か牛乳か知らないけど冷えてるでしょ、我慢してよ」
「お前出せるだろう」
「は?」
「氷出せるだろう。個性で。」

いらぁ。はぁ?人を製氷機扱いしやがって。むっかつく。都合がいいときだけそうやって。

「...グラス寄越せ」
「む、あぁ」

家主だし?大黒柱だし?氷くらいは出してやろう。けどただでは出さん。むかついたから。

「ん」
「...冬美、これは...」
「氷手に入ったんだしいいでしょ。いい加減どきなさいよ、氷像にするわよ」
「いや溶かすが...これは...」
「もう一回言うねお父さん。どいて?」

引いてる顔で退くお父さんの足を軽く蹴って、サラダを冷蔵庫に収めた。そのままついでに麦茶を父の持つグラスに注ぐ。
浮かぶ氷は精巧な髑髏の形。

「お前...器用だな...悪趣味すぎるが」
「誰のせいだ。ていうか狭い、自分のサイズくらい把握してよ。出てけ」

そういうと素直に出ていく父親、しばらく台所で調理していたら稽古を終えてシャワーを浴びてきた焦凍が顔を出す。もうそんな時間。

「姉さん、俺も氷の髑髏見たい」
「えっ」

くそ親父、言いやがったな。今度は肋骨から骨盤までつけてやる。
ていうかやっぱりこの年代はそういうの好きなの?別にいいけれども。

「えっと、髑髏?じゃなくてもいいのよ、だいたいなんでも出来るよ?動物、ほら、ペンギンとか...」
「髑髏がいい」
「ぺっ、ペンギンは子供過ぎた?いやあのほら、ライオンとか虎とかジャガーとか、」
「髑髏がいい」

根負けして髑髏氷をまた作ってあげました。目がキラキラした焦凍久々だったんだもの。