羽はきっと隠しておいた

中学の時。といっても私の、だから随分と前。親のことはバレていたから、執拗にヒーロー科を勧められたことがある。

氷結という個性だけでも十分にヒーローになれる、と。

まぁそうだろうな、という自覚はあった。攻撃しようと思えばいくらでもできる個性。でも、端から私は、ヒーローになる気なんてなかった。ヒーローに憧れたことなんて、一度も。

むしろたぶん、私の思考は敵寄りであることを私は最初からわかっていた。

別に嫌いな訳じゃない。でも私は、究極的に言えば、私だけが助かればそれでいい人間だった。そこに入ってきたのが焦ちゃんだった。

焦ちゃんと、私が助かれば。他がどうなろうと、たぶん私はどうでもいい。そんな人間がヒーローの娘だなんて、きっと外聞が悪いと思ったから。私は、私を隠すことにしたのだった。



「焦凍は、高校はどこにするか決めたの?」

何気ないいつもの会話に織り混ぜて聞いたそれ。どこが出てきたって構わなかった。それこそ、ヒーロー科じゃなくたっていい。ただ、聞いておきたかっただけのそれ。
もう冬。焦凍は中2。来年は受験だ。

「え?」

きょとん、とした顔でこちらを見る焦凍。

「雄英ヒーロー科以外は考えてないのかしらって」

あそこが第一志望なことくらいわかっている。この子は少し、頭が弱いというか天然なところがあるからそこ以外考えてないのも。

でも、あなたが見えていないだけで、選択肢は無数にあるのだ。

「...いや、考えて、ない」
「そう?お父さんの母校だし嫌かなって思ってた。あなたが行きたいなら士傑だっていいわけだし」
「...士傑は、雄英に落ちたら。考えるけど、今んとこ雄英だけだ。アイツの母校だけど、その方がいい。お母さんのだけで否定するんだったら母校出てヒーローになった方がいいだろ」
「...そうねぇ」

この場合この子が囚われているのは。お母さんなのか、父親なのか。強いこの子には無数に選択肢があるのに、最初からひとつしか見えてない。

私もこの子も、自由を選ばないんだなぁ。

「おかわり、いる?」
「うん」

お茶碗を受け取って、ご飯を盛って。来年、焦凍は受験だ。私は、どうしようかしらね。



「就職は見送るのか」
「うん。来年、焦凍受験でしょう?心配だし。知り合いの方が是非うちにって言ってはくれてるけど、教員免許だけとって就職は見送るわ。家のこと、来年まではきっちりやるから」
「...昔のように誰か雇ってもいいんだぞ」
「いいわよ、もう手のかかる子がいる訳じゃないんだし。最初から就職は焦凍が義務教育終えてからって思ってたの。」

遅く帰ってきた父に夕飯を出しながらそんな話をした。そんな顔しなくたっていいのに。最初から決めていたことだ。

ヒーロー業界じゃなくてもNo.2ヒーローエンデヴァーのネームバリューはすごくて、そもそも轟なんていう滅多に見ない名字は目立っていて。教育実習のときから「是非うちに」と言ってくれている私立学園があった。理事長さんが父とも面識があるらしい。事情を話したところ最初は非常勤でも構いませんよ、とめちゃくちゃ甘いことを言っていただけたんだが、そんな中途半端なことは出来なくて一年待ってもらう、という方向に落ち着いた。

「とにかくもう話はまとまってるから。一年ニートするわけにもいかないし、流石に家庭教師のバイトに入る予定にはしてる」
「別に俺は構わんが。一年ニートすればいいんじゃないか」
「なぁに、いつから冗談なんて言えるようになったの?するわけないじゃない、自分の生活費くらいちゃんと入れるわよ」

最近なんだか父が甘い。気持ち悪い。嫌いなのに。その甘さの半分も、兄さんたちに向けてほしかったと思うのは我儘だろうか。
兄さんとあの子は、どうしているだろうか。

「お皿つけといてね。私お風呂行くから」
「あぁ」

今更そんなことされても、どうしていいのかわからない。