03

「ぶらんこ…」
舌っ足らずに少女は呟く。「のったことない?」と聞くとそらちゃんは小さく頷いた。
出会って数日後。あの日以来、小学校から帰ってくる時間に僕の前にひょっこりと顔を出すようになったそらちゃんと公園で遊ぶのが1つの楽しみであり日課になっていた。その中で分かったのは、出会った時の儚げな雰囲気に似合わず、とてもお転婆で元気な女の子ということ。見たことがないという公園の遊具を1つ1つ見てはキラキラと目を輝かせていた。あれは、これは、と聞いてくるその様子に妹がいたらこんな感じなのかな、と思った。

そんな彼女にもう1つ驚いたのは、その呑み込みの早さだ。遊具の使い方を教えればすぐに使い方を覚え、うまく使いこなす。それは、赤子が急に立ち上がって歩き始めるかの如く驚異的なスピードだった。その器用さに天才肌の幼馴染みを思い出す。ブランコに軽やかに乗っている彼女を横目にそう思ったが彼とは性格は真反対だなと思う。
そんな彼女について、僕は未だにどこから来たのかも知らないし、何者なのかも分からない。聞きにくいっていうのもあるのだけど、彼女はあまり自分の話をしなかった。
でも、そんな事は陽だまりのような彼女の笑顔を見ていたら不思議とどうだっていいと思えた。この居心地の良い場所を手放したくない。それだけが僕の心をぐるぐるとかき回した。

「いずくっ!」
「なぁに、そらちゃん」
「“あのノート”見たい!!」
「うんっ!いいよ!!」

いつの間にか僕の目の前に移動していたそらちゃんが言う「ノート」とは、最近彼女が興味をもった僕のヒーロー研究ノートのことだ。ランドセルから自由帳を取り出した僕に彼女はそれに目を向けた。
彼女はヒーローにとても興味があるらしい。僕がヒーロー志望だと知ると「いずくならなれるよ!」とその大きな瞳を輝かせたのは記憶に新しい。でも、彼女にはまだ言っていないことがあった。僕には“個性”が……

「いずく?」
「、どうしたの?…ふへっ!?」

はっとそらちゃんを見ると同時に頬をむにっとつねられた。

「その顔なんかヤダ」
「うへぇ?」
「いずくは笑った顔がいい」

彼女はそう言うと僕の頬をふにっと口角を上げるように動かした。そんな様子にいつの間にか暗くなった気分が消えていく気がした。ふにゃりと僕が笑ったのを見てそらちゃんもへにゃりと笑う。こんな毎日が続けばいいのに。そんな思いを抱えながら今日も僕たちは日が暮れるまで遊び続けたのだった。

そして、いつも通り僕の住む団地の前でそらちゃんと別れ、自分の家に帰ってくると「出久、お帰りなさい」とお母さんが夕食の用意をしながら迎えてくれる。そして、手洗いを済ませて今日のヒーローニュースを見ながら、ふと思った。

そういえば、そらちゃんはどこに住んでるのだろうか。