Chapter1


夏祭りが隣町であった次の日、俺は矢内に呼ばれた。
俺は矢内のアパートを知っているから、時々こうやってお呼びがかかる。
そんなに頻繁じゃないし、俺も気まぐれで行ったり行かなかったりする。
矢内の呼び出しも突然なので、これでおあいこだ。
ただその日は、呼ぶなら前の日だろうがって一言言ってやりたくって。
どうして、わざわざ、祭りが終わった次の日に呼ぶわけ? ――誓って矢内の浴衣姿なんか、見たかったわけじゃないけど。

「見てみろ、恐山」
と俺を中に招き入れた矢内はにこにこしてて。
相変わらず何もない奥の和室の真ん中には小さな段ボール。
その段ボールが黙っていなくて、妙に賑やかしい。
鳴き声から大体予想はついたものの、俺は箱の前に、矢内に向き合うようにして座ると形だけ何それ? って中を覗いた。
そこにはピンクと黄緑の色鮮やかなひよこが二羽。
何とも愛らしくって、まぁ。
――聞けば、昨夜矢内は一人で祭りに出かけ、夜店でぴよぴよとひしめき合っていたこいつらにハートを奪われ思わず買って来てしまったのだとか。
段ボールの中に手を入れ、ひよこの頭を指で撫でる矢内。すると撫でられたピンクの方は気持ちよさそうに目を閉じ、ほんのつかの間鳴くのを止めた。
「一匹じゃかわいそうだろう?」
いや、そうかもしれないけど、と俺は矢内を見た。
一人暮らし、職持ち――どう考えても飼うのは不可能だろ。たまごっちやってる小学生みたいに、預ける親もお前にはいないのに。
ましてひよこみたいに、誰かの加護なしじゃ生きていけないような弱い生き物――大体お前自身もそんなんじゃん、自覚あんの責任とれんの?
一瞬で思考が流れていったが、そのどれもつかみ取ることは出来なかった。

「ミキサーにかけようと思って買ってきたんだ」

――矢内の、そんな言葉が耳に入って。
夏なのにぞわりと寒気がした。
矢内は、変わらずにこにこしている。
普段通りに俺の顔を見て、小首を傾げた。
だから余計に俺はその言葉の意味を理解するのを拒んだ。
何かの聞き間違い? だったらどんなに良かっただろう。
「だけど、一人じゃどうしても出来なくって、恐山に手伝ってもらおうと思って」
言ってることがおかしいと、矢内も自分で分かっていたんだろうと思う。
矢内は笑顔なのに、その目にはまるで壊れたみたいに涙が溢れていた。



- 1 -

*前n | 戻る |次n#

ページ:

*