Chapter5


「――一緒に育てようか」
俺は矢内が落ち着くのを見計らって、そんな提案をした。
「え、」
と矢内も流石に驚いて、言葉をなくした。
「俺がお前が仕事してる間、あいつらの面倒見ててやる」
矢内も一瞬意味が飲み込めなかったのか、俺の提案にぽかんとしている。そんな矢内の目の前で俺は携帯を取り出して、おもむろに電話をかけた。夜だから出ないかなとも思ったけれど、ツーコール目で繋がった。
「あー、あ、社長? お疲れさまです。俺です、恐山です。すみません明日から俺しばらく会社休みますんで」
淀みなく話す俺の言葉に、しかし急激に現実感が戻って来たのだろう、矢内は真っ青になり、
「この、馬鹿……っ!」
っと、俺の手から携帯を奪い取ろうとする。俺も渡してたまるかって意固地になってもみ合いになった。
「自分が何言ってるのか分かってるのか!?」
涙の残った声で怒鳴る矢内と、
「ああ、分かってるよ」
一ミリも同じ土俵には登らずに、ただ矢内を見つめた。
今回ばかりは矢内に分がある。
だから、まともに言い合っては勝てない。
「ひ、ひよこなんかの為に人生棒に振るなっ!」
「ひよこの為なんかじゃねぇよ」
悪いけど、俺はそこまで純粋な人間じゃない。
口調や気構えは別として、声は、今も昔も矢内の性別を誤魔化しきれない。俺たちのやり取りは、余すところ無く携帯のマイクに吸収され、向こうからはひ、ひよこ? と軽く噴き出す声が聞こえる。
「ま、そういうわけなもので」
前言撤回もせず、説明を極力省いた俺の言葉に、社長も笑いも情も削ぎ落とした声で一言。
――早く帰ってこないと椅子はないぞ?
社長は多分、通話を切るとき笑っていただろう。
そして俺を切るときも、きっと笑っているだろう。
あああ、復帰後椅子があったとしても、しばらく俺あの人の奴隷かな。一瞬俺がたそがれたとき、ようやく矢内は俺から携帯を奪い取った。
俺から携帯を守るように背を向け、
「すみません、あのっ」
と電話口に叫ぶが、とっくに通話は切れてしまっている。
「……恐山」
と矢内は恨みがましく俺を振り返った。
俺は困ったもんだと他人事のように肩をすくめてみせた。



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