chapter4


うっすら分かっていたはずだ。二人ともいい大人なんだし。
わたしにも好きな人がいて、その人も誰かを好きだったという、それだけのごく当たり前の話だ。
恐山のことも、芯からは驚いてはいない。町で女の人と一緒にいるところを見たことがあるし、一度なんか恐山は“今夜、会える?”っていうメールをわたしに送ってきたことがある。
もう夜の十時を回っていたし、ドキドキしてしまって、返答にものすごく困った。
すぐにもう一通“すまん。相手を間違えた。忘れてくれ”と恐山にしては珍しく長文のメールが届き、その後はわたしが何を送っても、恐山はメールを寄越さなかった。
知り合いへのメールをわたしに送って凹んでいたんだろう。……あれはやっぱり、女の人に宛てたものだったんだ。
飲み友達という線もあるけど、たった七文字のメールでも、伝わるものはあった。
忘れてと言われたのに、わたしはあの時の心境を手に取るように覚えていた。
何あいつこんなメール、と思ったのも確かだ。
けど、“誰宛てなの? ヒューヒュー”“やーらしー!”とからかいのメールを送った後、全部無視されて――恐らくはそれがなくても、わたしは凹んだ。今は、そんな気分に加えて、寒々しい。
わたしは二人に悟らせないように、そのもやもやを胸の奥にしまい込んだ。
「どんな人なの?」
と無邪気に先生が恐山に聞いている。ため息とともに、恐山が答えた。
「少し似てるよ先生に」
「わたしに?」
似てるといっても、それが顔なのか性格なのかそれとも雰囲気なのかは、判然としない。
「ねぇ、定食屋に行く時、一緒に連れて来てよ」
「は?」
「いいじゃない、恐山君の彼女、見てみたいな」
「彼女、っていうか」
「じゃ、彼氏なの?」
頑張って口を挟んだけど、
「部外者は黙ってろよ」
と鋭く睨まれた。
どうやらタイミングも質問も、悪かったらしい。
部外者。その言葉に他意はなくとも、また胸がズキンとした。
恐山は先生に向き直り、楽しげに話をしている。
その後わたしは、二人の会話に口を挟まなかった。会話の内容も、碌に頭に入って来なかった。



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