Chapter10


カップ麺を食べた後、わたしは恐山にお風呂を借りることになった。お風呂と、着替えと。
恐山の上下揃いのジャージ。黒地に赤のラインが入っていて格好いい。
「すまない、ありがとな」
「矢内には少し大きいかも」
「それでも助かる」
お風呂を洗って、湯をためた。
「シャンプーとか、好きに使って構わないから」
「了解だ」
流石に、浴室の壁は、白だった。何となくほっとして、軽く身体を流してから、お湯に浸かる。
今日は色んなことがあった。夕方までは、ごく普通だったのに、そこからあれよあれよという間に、こんなことになって。
思い当たることは、あの眠気? 耐え難い眠気。けどそれくらいのことは、疲れているときならままある。
タイミング、なのだろうか。何かに呼ばれた? それとも今見ているこれは、全て夢なのか。
――冷静に考えてみれば、わたしにべったりの恐山なんて、わたしに都合が良すぎる気がする。
大体今日だけで、一体何回恐山とキスしたんだ? 指折り数えて見ようとして、諦める。
両の指では、とても足りなくて。
「矢内、」
その時がちゃりと、浴室の扉が開いた。
完全に油断していた。湯ぶねに無防備に浸かったわたしを、恐山が上から見下ろす。
「コンビニに行こうと思うんだけど、何かいる?」
「っ……」
わたしは浴槽の縁にしがみ付いて身体を隠した。……けどもう遅い。五秒ほど遅い。
じわっと顔が熱くなるのが、恥ずかしさか、それとも怒りか判別が付かない。
対する恐山は顔色ひとつ変えない。悪怯れる様子もない。とっさの批判の声も、
「お、おま……」
と、まともに言葉にならないのが悔しい。
「何かいる? お菓子とか」
恐山はご丁寧に、その場に屈む。浴室の縁に顔を乗せたわたしと、視線の高さだけは合う。
恐る恐る恐山の目を見る。とてもやらしい目ではない。普通に尋ねている、と分かる。
口唇を噛んで、
「………………ポッキー買って来い」
ようやく押し出すようにして、それだけ言えた。
恐山はりょ、と軽く引き受け、そこで
「――感想、いる?」
やっと、悪戯っ子のように微笑った。
「早く行って来い!!」
どんなに険のある声で怒鳴っても。
「行ってきます」
と、立ち上がりながら指先で家の鍵をチャリと回す君の余裕のある返答に敵わない。
浴室の扉が閉まった途端、脱力してしまった。
どうしよう、どうしてだろう? 泣きそうだ……。
今更ながら七瀬の声が甦る。セフレが二、三人いると。そりゃわたしの裸ぐらいじゃ、顔色も変えない訳だ。



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