わたしも知らないわたしのこと
山盛りの洗濯物を見て、少しばかり首をかしげた。
「少なくないですか?」
洗濯物が、明らかに少ない。以前アルカが手伝いに入った時だけ、偶然量が多かったのかも知れないがそれにしたってアルカの知る人数分には満たないように思う。
洗濯ものを一緒にする人にそう聞けば、船員は「ああ」と思い出したように少し苦笑いした。
「先日、迎えの船と合流したからなあ」
「迎え?」
「半分以上は、もう別の船に乗り換えた」
「えっ」
いつの間に乗り移っていたのだろうか。少なくとも昼間ではあるまい。でなければ流石のアルカも気がつく。迎えの船というからには、この船と同じかそれ以上の規模の船が横付けされていたはずだ。気がつかなかった…と呟けば、船員はケラケラと笑う。
「なんだよ、昨日から明らかに人数少なかったろうが」
「そういえば…?」
言われてみれば、甲板や廊下ですれ違う人の数は明らかに少なかったようにも思う。それ以上に水がなくなるかもという不安でそれどころではなかったというのも理由のひとつだが。
「そういえば、水って貴重なんでしょう?洗濯していいんですか?」
「おう、だから今日の洗濯は、天日干しと医療服だけだ。流石に衛生面はな…」
「なるほど」
そうと決まれば、洗濯するものと干すものの仕分けからだ。
仕分けを行いつつ、アルカは相変わらず青い空を見上げた。日の光は、やはり少し暑い。
「これ見てどう思う?」
コアラが広げたのは配管図のようだった。うっすらと描かれた船の形の外郭に、配管といくつかの動力源が描かれているようでもある。詳細に関しては別紙記載なのか、記号がいくつも振られている。
「配管図ですか?」
洗濯が終わった後、水不足のせいか掃除も免除を受けたので大人しく部屋に引きこもって本を読むことに集中した。するとコアラが図面を持って訪ねてきた。見てもいいものなのだろうか、と正直ハラハラする。
「大体正解!正確には、濾過器の設計図でもあるの」
「……それ、わたしに見せていいやつなんですか?」
どう考えてもダメなやつである。だがコアラは苦笑いするばかり。
「背に腹はかえられないから」
なるほど、水不足は非常に深刻化しているようだ。そういえばカーラが、今いる技術者は新米だと言っていた。つまり、直せる人がいないのだろう。
そこできっとアルカを思い出した。どうやら理系らしいアルカなら、何かわかるんじゃないかと思ったのだろう。だが…
「申し訳ないのですが、記憶がこんな状態なので、お力になれるかはなんとも…」
「だ、だよねぇ〜…」
がっくりと肩を落としたコアラには申し訳ないが、自分の知識もろくに把握できていないのだ。設計図を見たところでヒントをあたえられるとも思わなかった。
ちらりと設計図を見てみる。構造や原理の理解はできたが、逆を言えばそれだけだ。どこが壊れているか等は実際に見て見ないことにはわからない。
「どこが壊れているかはもうわかっているんですか?」
「もーね、全く!濾過器これ、新技術なんだーってことで取り入れたのに、こんなことになるなんて」
「へえ」
新技術なんだ。そう思って設計図を見る。シンプルな原理の応用だと言うのが率直な感想。ポンプで組み上げた海水を、濾過室で濾過して配水している。残った処理海水もさっさと海へ捨てている。ポンプの動力源はおそらく船の推進力をそのまま動力へ変換しているようで、いくつかのクラッチやシャフトらしき構造が見える。濾過室の構造は2層式のような描かれ方だ。なにを濾過して取り除いているのかまではわからないが、いわゆる、逆浸透膜を使っての濾過だと推測できる。
「この船、長期航行用なんですか?」
だとすれば、理にかなってはいる。エネルギー不足で動かなくなることを恐れてか、動力源は有限エネルギーではなく船が航行する限り得られるようになっている。そもそもの話、エンジンめいた動力発生装置が可能な限り排除されているように見える。濾過器もフィルターを使っての濾過と違って定期的なフィルター交換が不要なぶん、長期航行にも耐えうるだろう。
コアラはぱちくりと目を瞬かせると、なんでわかったの?と身を乗りだした。近寄ってきた可愛らしい顔に思わずのけぞるも、それもなお近寄ってくる。思わず両手でガードした。
「えっと、…いや…別に…」
「なんで!?」
「えええ…いや、そういうコンセプトなのかな……って…」
しどろもどろに答えるとコアラは少しだけ考えた様子で黙り込んだ。さっと顔をあげると、コアラは椅子に座ってじっとアルカを見た。
「お願い!もうわたしたちじゃお手上げなの!感想だけでもいいから!ヒントになれば!!」
「え、ぇええ…」
そう言われても、先程のこと以外に感想は出てこない。だが、そうだな既に知っているかもしれないが…。
「…故障の場合は、まず、原因を突き止めるところからスタートしないといけません」
「うんうん!」
めちゃくちゃ素直に聞くやん…。妙な罪悪感を抱きつつ、設計図に視線をくばる。
「ええと、水は出ないんですか?」
「出るけど、濾過された水が足されない状態なの」
「…海水が混じる?」
昼間はそんなことはなかったようにも思ったが、実は違ったのだろうか。
だがコアラは首を横に振った。
「ううん、そんなことないよ」
つまり濾過機能は壊れていない。と言うことは、ポンプによる給水か、濾過時の加圧がうまくいっていない可能性がある。
「ポンプの動きは?」
「海水を汲み上げるやつ?それも動いてないんだよなぁ」
ということは、ポンプが原因もありえる。ただし、コンピュータ制御が入っていたら、加圧がされていない=水が使われていないと判断して給水していないだけの可能性があるし、そもそもそれらを認知するためのセンサーが壊れていればほとんどどうしようもない。
ここから先は見てみないとなんとも言えない。
──ということを伝えると、思いっきりコアラに引っ張り出された。
「さあ見て!」
「いや…あの…」
周囲の目線が刺さってるぅ!!!!
何しに来た半分、余計なことすんなよが半分、邪魔じゃボケエが半分。非歓迎ムード150%の視線の嵐。辛い。なんでそんななかで、わかりもしない機械の故障原因を見なきゃならないのか。泣きたい気持ちで船の真ん中近くにある濾過室で立ち往生した。
分かるわけねーだろッッッ!!!!
「えっこの人機械詳しいんですかコアラさん!」
「理系だから分かるかもしれないってだけ!!!」
どーんと堂々と曖昧なことを言ったコアラさんに、誰かが「いや適当だなこの人…」とぼやいたのが聞こえる。それそれ。もっと言ってやってほしい。
「で、実際どう思いますか?」
オドオドと若い男の子がきいてきた。
いや結局きいてくるんかい。居た堪れない気持ちのまままずは機械の構造というか、仕組みから目視で見聞する。
「…これ、新技術なんですよね?だったから、取説とかないんですか?」
その場にいる誰もが視線を逸らした。
仕方ないと思って制御モニターらしきモニターとボタンの集合した部位に目を向ける。
プログラミングなんて、わかるのだろうか。いくつもの長文を上下させては読解していくことやく10数分。…もしかしたらもうすこしあったかもしれない。装置の横に取り付いているレバー数本を確認して、もう一度制御モニターを確認し、画面を切り替えた。
「何かするの?」
コアラがひょっこりと覗き込んできた。実験、と答えたアルカはさっき確認したレバーを力強く引く。ザバアと水音が僅かに響いてくる。ポンプは生きている。正常である。ならばポンプに海水を汲み上げるよう指示をする側に問題がある。
そう確信して、モニターを確認して少しばかり脱力した。
残念な気持ちでレバーを戻せば、大人しく止む水音。モニターは変化がない。だめだな、こりゃ。
「センサーですね。直そうと思えば部品の交換が必要です」
レバーのところに戻れば、そこに表示されている水圧計だけはさっき確認した時よりも変化があった。間違いなさそうだ。
「つ、つまりもう真水は出ない…!?」
絶望しきったようなコアラさんの声がしたが、これには首を振った。
「手動で注水・加圧指示を出せば確保できます。注意は必要ですが」
「えっ!」
嬉しそうに近寄ってきたコアラが、「どうすれば!?」と食い気味に聞いてきた横から、高身長の男性──サボがコアラを押し退けてきた。
「なんでそう判断した?」
ねえなんでそんなに威圧的なの???
意識飛びそう。方法だけ教えるから部屋に帰らせてほしい。無言の時間が続いた。…え、
これ喋らなきゃダメかな。
「…………」
「…………」
「…………──まず、大前提で、この機械は水圧を常に計測しています」
負けた。無言時間に完全敗北した。意外にもふんふん聞いてくれたので、継続して説明をする。言っておくが、あくまで素人診断なので誤りの可能性もあることも伝えておく。
「コントロールセンター…あー、そこの制御モニターでは、水圧を監視して真水が減れば海水を注水して加圧して濾過するようにプログラミングされています。 さっきわたしはレバーを動かして、手動で海水を追加しました。手動用の水圧計は確かに変化していますが、制御モニターで見る水圧に変化はない。つまり、コンピューターは真水が減っていないと認識してるんですね」
「真水が減っていないから、真水を作るための海水を汲み上げる必要がない。だから濾過器は動かなかった。そういうことか?」
「そういうことです。なので、コンピューター制御用のセンサに異常があると判断しました」
ふりかえって、濾過器を見やった。正直、そういう故障も想定していたのだろう。イレギュラー対応ができるように、いくつかの手段が残されていた。
「幸い、構造はシンプルです。手動で海水を注水してやれば、勝手に濾過してくれますから、目視でそこのレバーの水圧計を見ながら注水作業をすれば真水は確保できるようになっています」
定期的に勝手に注水するようにリプログラミングしてもいいかとも思ったが、毎日どれくらい水を使うのかがわからないからやめておいた。…というか、それができると思われても嫌だ。構造が単純だったからできるだけだ。
サボはふうんと頷くと、少し考えたようだった。
「…機械に詳しいな?」
「…わたしも思いましたけど、見てて理解ができただけって感じですよ…」
ほんと自分のこととか、マジで思い出せてないからそういうの聞くのやめてほしい。