宝さがしにはきっとまだ早かった

 じっと端末を見つめた。指輪を見ても、通貨を見ても記憶が呼び起こされる気配はない。

 濾過器の修理から5日。明日、この船は着岸予定だという。

 アルカは重いため息をついてこれからのことを思い浮かべた。文字通り右も左もわからない。文化基準すら不明で、自分にどんな価値があるのかすらわからない。そんなところで、どうやって生きていくべきか。子どもならどこかの施設へかけこ無こともできたかもしれないが、どう考えてもそんなことできる年齢じゃない。
 どうやら理系らしく、情報処理も知っているのか簡単なプログラミング程度なら読み解きできるらしい。自分のことでわかったのはそれくらいだ。

「(どう考えても情報不足!!!!)」

 何度目になるかわからないため息をついた。
 ──地球。ここは、地球だと。そう、思う。だが、そのためにはあまりに既知の事実と異なる地形・文化基準。行動範囲をきくに、隔離された田舎だとも言い難い。

 ──『アルカって未来からきたとか?』

 ふとカーラの言葉がよぎったが、首をふって考えを改めた。異世界かとも思ったが、あまりにも非現実的だ。そりゃ童話のなかには鳥になる人間だとか雷だの炎だのをあやつる人間が出てくるが、あくまで童話の世界の話だ。それが、ここでは存在する。
 いっそ他銀河系の惑星だと言われたほうが現実的に思える。

「アルカちゃーん」

 扉の外からコアラの声がして、飛び上がった。どうかしたのだろうか。返事をして扉を開ければ、コアラがにっこりと笑って立っていた。

「もうすぐお別れだから、注意事項とか準備のこととか色々話したくって」
「…ああ」

 苦笑するコアラを室内に招き入れて机の上を少し片付けた。児童書から医療書、恋愛文学まで、多種多様に積み上がっている。それを見たコアラが不思議そうにそれらを見つめた。

「本読んでるの?」
「常識がどうにも…やっぱり感覚が擦り合わなくって」
「それで読んでるんだ」

 へええとそれらを見つめたコアラはペラりとページを捲って、少し遠ざけるように本を押し退けた。文字は苦手なのかもしれない。

「まずはこれを渡すね」

 そう言って小封筒を渡された。受け取った瞬間に中身を察して後悔した。どう考えても札束だ。念の為に中身を確認して、ベリーの通貨標識が見えたので突き返した。

「濾過器の修理費用だと思って受け取ってよ」
「でも!」
「でなきゃ、船から降りた後どう生きるの?」
「うっ…」
「も〜心配だなあ。アルカって絶対わたしより年下だよぉ」
「ええ…?そう?」
「だって頼りないもん。カーラも言ってたよ!」

 仰る通り過ぎた。グッサリきた。コアラの厳しい指摘を大人しく受け取ると、コアラは次に…と今後の注意事項を淡々と教えてくれた。

 まず、人前で革命軍の話をしない。少なくとも、革命軍に寄り添った話はしないほうが良い。また、一緒の船に乗り合わせたことも徹底して伏せること。
 それから、貴重品は絶対に肌身離さないこと。どこでどう取られるか分からないから、と。
 人通りの少ないところは一様に治安が特に悪いので近寄らない。
 宿は必ず鍵付きを選ぶこと。
 ご飯は安くてもいいが酒の提供があるところは避ける。
 その他もろもろの注意事項を聞いた。

 ──やはり、革命軍とは世間的に風聞の良い組織とも言えないらしい。コアラもカーラも、洗濯係の人もシェフの人も…個人としてはいい人ばかりだったから、だからこそすこしもの寂しい。
 さらには争いを起こす側の人なのだと思うと、おそろしく寂しくなる。

「(争いなんて、いい事なんて何ひとつないのに)」

 ふとそう思った。相手をどれだけ消耗させたころしたかがその勝敗を分ける。大多数の命のために少数の命を消耗していく。損害という名の死者数が少なければ勝ちで、多ければ負け。
 集団という組織として勝たなくてはならない故に、損害が発生しやすいまっさきにしぬであろう前線へ並ぶ兵士。誰かが行かねばならぬからと真正面から砲撃を浴びる戦艦群。必ず誰かは死ぬ、戦場。

「(頭が、痛い)」

 背中が寒い。何かを思い出しそうになったのに、──それを思い出すことがひどく恐ろしい!
 思わず考えを打ち切って顔をあげれば、心配そうなコアラと目が合った。

「大丈夫?」

 はっと息を吸って、はじめて呼吸が止まっていたことを知った。ふと自分の手を握った。指先がやたらと冷たい。
 よくないことを思い出そうとしたように思う。

「問題ありません。…んー、いい感じに何か思い出せそうだったんですが」

 取り繕ったようには見せないよう、可能な限り自然を装って。あはは〜と曖昧に笑ってみせた。

「だめでした」

 そっか、とコアラは残念そうな顔をした。

「あまり無理はしちゃだめだよ」
「分かってます」
「じゃ、わたしもう行くねー」
「はい。…あの、コアラさん」

 部屋を出て行こうとするコアラの背中に呼びかけた。振り返ったコアラに、ふとアルカは頭を下げた。

「短い間でしたが、ありがとうございます」
「こちらこそ」

 コアラが近寄ってきて、顔を覗き込んできた。にっこりと明るい笑顔が向けられた。

「ありがとう!楽しかったよ!」

 ああ、本当に。───何故彼女は争いを起こす側なのだろうか。
 そう思わずにはいられなかった。



 カーラから散々に罵られながらの下船だった。カーラなりの心配だったのだろう。なんせアルカの常識知らずっぷりを誰より近くで見てきたのが彼女なのだから。それを押しどけけて下船し、船を見返した。港から少し外れた岩場に停船した船は、木造でまるで手作りのキットを組み立てたようなクラシカルな外観だった。これに乗っていたのか、と今更ながら不安な気持ちになる。
 小さくまとめたほとんどない荷物を持って、アルカは今度こそ船から背を向けた。

 まずは宿と、仕事探しだ。人間、生きていればなんとかなるとは思う。だが、そのためになんとしても必要なのが、お金。
 街へ降りて、まずは仕事を探そうと人ごみに紛れた。思いのほか大きな街で、港には多くの船が停泊している。雑貨屋で地図を拝見したが、今いる街以外にもいくつか島内に集落があるらしい。

「一番大きなのは、ちょうどここから島の反対側の街なのよねえ。1時間くらいあればいけるわよ」
「歩きで?」
「みんなあまり歩かないけどねえ。大体は定期便ねえ。でも、今日は天気が悪そうだから定期便は出ないと思うわよ」

 空を見上げた。重い雲がのしかかっている。すぐに降りそうと言うわけではないし風もほとんどないのだが、海の方はすでに荒れ始めている。
 歩くか、と荷物を持ち直すと、雑貨屋の店主はにっこりと笑って島の地図を指さした。

「歩くんなら、ついでにこの村を見てくるといいわ。とっても綺麗な街並みなのよ」
「へえ。色が統一されてるとか?」
「その通り!すごいわよ、真っ白な街並みなの!」
「白……」

 ほんの一瞬。本当に一瞬だけ、何かの景色が脳裏を過ぎった気がした。しかし鳥頭なのかなんの景色だったかもさっぱり思い出せなくなった。
 白と黒の景色だった…よう、な…?なんの景色か、輪郭すら朧げだ。あまりに思い出せないので考えは打ち切ったが、いい傾向だと思う。外で様々な刺激を受けて、順次思い出せればいい。

「ついでに領主の家!それはこの街なんだけどね。綺麗だから見てみるといいわ」
「そっか。…色々ありがとうございました!」
「いいえ!」

 まずは港で宿探し、定期便で大きな街へ行ってみて、そこで情報収集がいいだろう。今いる街とは反対側の街の方が別の島への定期便が多いらしいので、まずはそちらへ向かう。
 ついでに、雑貨屋の店主の言う通り、真っ白な街並みとやらを見てみようと思う。

 30分ほどで到着した街並みは店主の言う通り美しかった。屋根も壁も陶器のように白い。ついでといわんばかりにその街並みを内側から堪能した。離れたところから見る市街地も美しかったが、実際に踏み入って見上げる白い街並みの方が迫力がある。
 観光客の気分でそれらを見上げながら歩いていると、小道から飛び出してきた誰かとぶつかった。

「っわ!?」
「きゃあ!」

 どうやら女性らしい。どすりと2人して情けなく倒れ込んで、相手の女性を見やった。15歳程度の少女だった。

「っわ、ご、ごめん、ちゃんと前見てなくて…!怪我は!?」

 慌てて立ち上がり手を差し伸べた。少女は驚きつつもその手を取って立ち上がる。走っていたのか、頬は上気して息がすこし荒れている。

「ああ、ええと!わ、わたしこそ」

 そこまで言った少女がハッとして振り返った。小道の向こうから「どこへ行った!?」「ちくしょう!」などという言葉と同時に慌ただしい足音が聞こえた。それから、真っ青になる少女の顔。

「…こっち」

 気がつけば、少女の手を引いていた。