アレル島
その島の名をアレル島といい、白い街の名をエルファレルと呼ぶ。北側の最も大きな街は、アレルバアルと言う。
エルファレルを速やかに脱出して、アレルバアルで宿を取った。エルファレルで出会った少女はエルザと言う名であった。輝くような白い髪をしていて、やたらと目立つので帽子とウィッグを購入して、それを被せて道を堂々とあるかせた。道中で水と食料を買い、とった宿で腹を満たした。
「ええと、なんで追われたかは」
エルザの顔が途端に青くなった。
「き…かない方がいい感じか…そ、そっか…」
コアラさんの助言通り、鍵付きの宿を選んでとった。本当はこのまま情報取集したら街を出ようと思っていた身なだけに、正直ここで足止めをくらうのは少々手痛い。…財布的に。何もわからないうちは打開策もないから、速く職を探さないと、そのうち金銭が底をついて露頭に迷う。
「あ〜〜…どこかに行く予定は?」
ふるふると首を振られた。
いい大人と違って、この歳ならまだ親の庇護下の可能性がある。下手に連れだせもしない。どうしたものかと悩んでいると、エルザがそっと薄い唇を小さくふるわせた。
「その…ごめんなさい…」
「え…?あ〜、まあ、気にしないでよ」
罪悪感で死にそうになっている美少女を虐めるような趣味はない。でもいつまで逃げたらいいかくらいは知りたいかもしれない。
ひとまず追々きこうと心で決め、まだ昼過ぎの街を見下ろした。店主の言う通り、最初の港より多くの船が停泊している。
「エルザってこの街詳しい?」
「え…?う、うう〜ん…」
「あれ?アレル島出身じゃなかったんだ」
「あっう、ううん!そうじゃなくて!」
あわてたようにエルザが手を振った。
「その、エルファレルを出たことがなかったから…」
「え、まじで?」
やばい、すでに事案になっているかもしれない。思わず顔を青くすると、それを見咎めたエルザもまた顔を青くした。
「ご、ご迷惑ですよね…ごめんなさい……」
ふるふると震える声で謝られて、思わずアルカも謝った。
「………は?生贄?」
ぽたりぽたりと雨が降りはじめた夕方のことだった。ぐずつく空に、やっぱりかーと重たい気持ちでカーテンを閉める。
カーラから選別に貰った小さめの文庫本を読んでいれば、不意にエルザが「今日は、生贄の日で」とぽつりとこぼした。
なんだ、その滅亡したはずの儀式は。
「ええと。神様になにかお供えでも?」
何かを尊ぶその思想自体は美しいものだと思う。だが、生贄…供物ではなく、いや、生贄も供物なのだが、そうではなく…。そんな生々しいものを供えるのは、すこし違うと思うというか。
聞き直してみたが、エルザはすこし考えて頭を振った。
「いやっ!やだ!やっぱりあんなの嘘!!死にたくない!あの人も、帰ってこなかったもん!」
「ちょ、ちょっと…落ち着いて…!」
急に不安がりだしたエルザをどうどうと宥める。
もしかして生贄とやらにされかけている…?嫌な予感が胸を突いた。
「ねぇ、力になれることならするからさ」
信用を得たい時、目を見るといい。こちらが善意を持っていると、誠意を持っている自信があるのなら、それを見せ付けなければならないからだと、聞いたことが……ある気がする。たぶん。だが、目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、人の感情を如実に伝える場所のうちのひとつだ。
わたしはエルザと視線を合わせてその手をとった。
「話してくれる?あなたのこと」
「わたしの、こと…」
「ごめんね、わたし実は記憶喪失でさ、わたしのことは話せることほとんどないのに聞いてばっかりで申し訳ないんだけど…」
「え、ええっ!?」
エルザがぎょっと目を剥いた。うん、まさか相手が、自分の素性すらよく分かってないなんて思わないよね…。
「あっは…。だから、できるかぎり大きな島に行って、仕事でも探して故郷探そっかな、って思ってた。今日はその道中」
「そ、そうだったんですね……」
ぐらぐらと瞳が揺れている。話そうか迷って居るのかもしれない。
「そんなわたしでも、よかったら聴くよ」
そう言えば、エルザはすこしだけ目を伏せた。それから、キュッと両腕を抱いてすこしだけ縮こまるように身を固めた。
「“死なないよ、すこし手伝いに行くだけだよ”って。みんなは言うんです」
ぽつりとエルザがこぼした。
「20年に1度、白い髪の女の子が生まれるんです。誤差はあるんですけど、だいたいいつも20年」
「へえ、不思議」
「…ふふ。確かにそうですね…」
素直に感想を述べれば、なぜか笑われた。エルザはキュッと両手を握りしめた。
「30〜40年に一度、アレルの火山が活発化するんです…。そんなとき、白い髪の女の子が山の麓の洞窟に入れば火山が止まるんです」
「……へえ?」
そんなこと、起こりえるのだろうか。エルザには悪いが、ちょっと楽しくなってしまった。
「入って、なにかするの?」
「な、何も…。普段は人が入らないし、手入れしている訳でもないから、資料もなにもない…」
「そう。…え、てことは、もしかして火山活発化してるの?」
これにはエルザは首を振った。
「前回のときにね。ここの領主さんの、…ルンルンさんって人が来て、火山を調べてくれたの」
「すごい名前だな…」
「だよね」
思わず主観で名前の感想を述べてしまったが、わりかし通じる感性だったらしい。
「でも、火山を止めるためには、やっぱりわたしみたいな、白い髪の子が必要みたい」
「なんで?」
「なんか、血液がすこし特殊らしいよ…。凝固剤みたいに働いて、マグマの出口に蓋をして、他のところに流しちゃうんだって」
頭の中にマグマのメカニズムを思い浮かべた。動くマントルから染み出すようにマグマは浮き上がってくる。通常の岩盤より比重が軽いからこれは自然だ。それが溜まってマグマ溜まりになる。そして噴火する。
「…?他のところに流れるの?」
「マグマの通り道が、地下で他の島に繋がってるんだって。だから、そっちで噴火してるらしいの」
「へえ…?」
え、そんなことあるんだ?という気持ち。詳しくないのであり得るありえないがわからないけれど。
「7年くらい前に、ルンルンさんがきて、エリーゼ姉さんを連れて火山に入ったの。その時に分かったんだって」
「その…エリーゼさんって…」
「わたしと同じ、白い髪の女の人…」
「その人はどうなったの?」
「帰ってきたよ!」
ぱっと嬉しそうに笑んだエルザだったが、すぐにしゅんとして瞳を伏せた。
「でもね、ルンルンさんと研究するからって、他の島に行っちゃった」
血液がマグマの凝固剤になる。それってかなりレアな血筋なんじゃなかろうか。ふとそう思った、もしかしたら、その性質が強固な証として、髪が白くなるのかもしれない。
しかし、ひとつ不思議なことが。ルンルンという人のおかげで噴火を止めるメカニズムがわかったのなら、なぜエルザは生贄として死にそうになっているのか。
「ええと、なんで火山に連れて行かれそうになってるの?」
「ルンルンさんがそう言ったから!!」
ガタリと立ち上がったエルザの顔は青い。なだめようと思って手を伸ばすも、エルザは頭を振って拒絶した。
「一緒に火山に行こうって!死なないよ大丈夫って!…でも、おかしいの…!」
ふるりとエルザが肩を震わせた。
「2年前に、エリーゼ姉さんから手紙があったの。3年のうちにこの島から逃げ出しなさいって。ルンルンさんと会ってはいけないって。それ以来、誰もエリーゼ姉さんと連絡が取れなくなった」
「えっ」
「そしたらまたルンルンさんがきた。一緒に火山に行こうって」
「…それが、今日?」
こくりとエルザが頷いた。経緯は分かったが背景が見えないのでなんともいいづらい。
「その…エリーゼさんからの手紙は逃げなさいってだけ?」
「誕生日プレゼントと、何気ない手紙…。でも、プレゼントボックスの内側に、メモが挟んであって…」
『3年以内に島から逃げなさい。ルンルンは信用してはいけない』と書かれたメモだったそうだ。筆跡は間違いなくエリーゼのもの。プレゼントのお礼がしたいからと、それとなくエリーゼに会いたいむねをルンルンに手紙で申し出たが忙しいからと断られたそうだ。手紙に堂々と書いてこないあたり、監視の目がありそうだし、なにやらルンルンに後ろ暗いものが見え隠れしているように思う。その手紙を最後に消息不明というのもすこし気にかかる。
今更ながらだが、とんでもなく厄介事に首を突っ込んでしまったような気がする。
「エリーゼ姉さんに…会いたい…」
ぽつりと涙ながらにそう呟いたエルザに、厄介事なのになんとかしてやりたいという気持ちが僅かに湧いた。手持ちの路銀を思い浮かべる。正直、すこし多めにもらっていた記憶はある。ならばきっと、少女を別の島に送り届けるくらいはできるような気がした。
「ねえ、そのエリーゼさんって人…」
どこにいるの?と聞こうとした時、外が騒がしいことに気がついた。少しだけ戸を開けて廊下を覗いてみれば、どうやら受付の方から揉めるような声がする。
「困ります!お客様のことはお伝えできません!」
「うるさい!女2人が入った目撃情報があるんだ!名前を開示しろ!」
まずい、と思った。振り返って見たエルザは、顔を蒼白にして立ちすくんでいた。