正邪の灯火
「あのさ」
サボがふと足を止めた。
実は時刻は夜更けであったこともあり、エミュレイの解析は明日に回された。データ端末はひとまず医務室に安置され、明日また集合して情報を回収する流れとなった。
「戦争孤児だって聞いても、驚かなかったな」
サボはどこか不愉快そうに、顔を険しくしていた。アルカはきょとんとするしかなかった。たしかに驚かなかった。正確には、驚くという感情が湧かなかった。
「知ってたわけじゃないんですけど…なんといえばいいか…」
ない記憶に関して考えることは多かった。自分は何者なのか、何故記憶がないのか。時折アルカを支配する目覚めるような衝動はなんなのか。
そんななかで、自分を取り巻く環境のことを考えることも当然あった。母親は?父親や兄弟は?なんとなく、いる気がしなかった。いないとまでは思わなかったけど、いる気がしなかった。
「元々、家族がいるイメージがついてなくて…。それが当然、みたいに馴染んだ」
戦争孤児、と言われたから、それなりにちいさな頃にひとりになったのだろう。そこからどうして生活していたのかは分からないが、大学に行くまでの学力を身に付けた。子どもがひとりで生きていけるとは考えにくいから、誰かしらの助力があったのだろうが、それに関しても思い浮かぶものは無い。
「だから、あまり気にならなかったといいますか…」
正直、それで場の空気が悪くなる方が気になったからさっさと次の質問を入れた。ただそれだけだ。
「まずは、エミュレイのことから教えて欲しいんだけど…」
《当機は独立型情報支援ユニット、個体識別名称はAMURAYです。主に情報収集、分析及び解析、情報の蓄積が可能です》
翌朝、朝食後にエミュレイの所にアルカとコアラ、サボ、それから昨日はいなかったハックが集合した。エミュレイは設置場所を医務室から会議室に移していた。
「情報収集の方法は?」
《クラウドソース、リコイルメタル式フェイズドアレイセンサ及びパルスレーダー、マイクロ波センサ》
聞いたことない単語ばかりである…。3人が困ったようにアルカを見た。
「ええと。近距離での生命反応探知と、半径50m範囲程度の障害物の探知…て感じ」
「何それすげえ」
《情報支援ユニットですから普通です》
「いやこれ普通なの…」
《情報支援ユニットですから》
どこかえばるような言い方だった。大人びた音声だが、今だけはどこか子供っぽいと思った。
コアラがはい!と手を挙げた。
「エミュレイって、自分で考えて話すの…?コンピューター…なんだよね?」
《はい。AIを搭載した量子コンピュータです》
人工知能。サボが小さく復唱したのが聞こえた。
この星でのコンピュータの技術がどこまで進んでいるのかはわからない。だが、人工知能はないのだろうなと察せられた。
「それ以外は?」
《開示できません》
「あ、そう…」
《現在開示できる情報の一覧をみますか?》
「見せて」
ウンと唸るような音がして、情報空間に文字列が完成した。おそらく今見れる情報の一覧だ。
・大学/所属研究室
・アドレスノート
・予定表
・写真
・地図情報
・情報科学V
・重力工学V
・ポテンシャル技術X
・物性W
・宇宙工学W
・論文各種30本
「えっ、これだけ?」
昨日、一覧にさせた現在閲覧可能な情報の一覧は、想像以上に少ないものであった。予定表や写真はともかく、あとは教科書と論文だけだ。それも、おそらく参考図書程度に見ているものばかり。いちいちセキュリティを解除して見るのが面倒だっただけなのは考えるまでもなかった。
《いいえ。生体認証だけでこれだけ見れるのですから、むしろあなたのセキュリティ設定は無防備であると言わざるを得ません》
「えっそうなの…」
《ガバガバです》
「ガバガバ…」
《あとは不明な単語などがありましたら随時お知らせください。流石に一覧にすると膨大です》
なるほど、エミュレイを辞書のように使えということだろう。
まずは大学についてだが、本当に通う大学と研究室の名しかなかった。次に知った名前はないだろうかとアドレスノートを開いてみたが、こちらはこちらで名前の一覧しか見られない。住所や実際の連絡先、関係性などは一切表記されず、流石にこれ以上は認証が必要らしかった。
それから予定表。これは未使用なのか真っ白であった。…真っ白というか…
「…もしかしてフォーマット化した?」
《はい、その通りです。私の起動時間にして13.5時間前に、あなたは過去未来全ての予定表とタスクを完全削除しました》
「…なぜ?」
《事由登録はありません》
見られるべきではない予定があった、ということだろうか。
「写真は?」
サボが隣から声をかけた。
「予定が消えたんじゃ足跡はわらない。写真に何かヒントは?」
「あ、そうですね…エミュレイ、写真」
《1件の登録。 こちらも、同時刻に一度完全削除され、そののちに撮られた写真が1枚あるのみです》
そう言ってぱっと映し出されたのは、真っ白な平野であった。草の一本も生えていない、不毛の大地。空は塗りつぶされたかのごとき黒。星々がちいさく存在を主張しているが、それ以上に白い大地が輝くようにくっきりと映し出されている。不思議な景色だった。
既視感はあった。猛烈な既視感だった。
白と黒。
そう、白い街──エルファレルで、一瞬だけよぎった景色は、これだ。次の瞬間には忘れて朧げになった景色。
「どここれ?」
《位置情報がありません》
「アルカちゃんここどこかわかる?」
「…」
「…アルカちゃん?」
ぼんやりとして反応を返さないアルカにコアラがもう一度呼びかけて肩を突いた。はっと肩を跳ねさせたアルカは目を見開いてコアラを見た。
「えっ!?は、はい?」
「何か思い出した?」
コアラの質問には首を振るしかなかった。
「ええと、すみません…。でも、既視感はあります」
頼みは地図情報だが、こちらはこちらで見ても思い当たるものはなかった。情報が大きすぎて見るべきポイントがわからない、といった方がいいか。ついでに教科書や論文をみてみたが全員してものの見事に目が滑った。専門的すぎて、持ち主であったはずのアルカでさえ意味のわからない文章ばかりであった。理解するには相当の時間を要するだろう。これはあと回しの方がいいだろうというのがこの場の総意と相成った。
《何かご不明点は?》
「プロメテウスの火」
ひとつ、気になるとすれば、アルカに関係あったと考えられるプロメテウスの火に関する情報はなにひとつないこと。意図して隠されているのなら、聞いてまともな答えが得られるとは思えない。だが、ヒントにはなるかもしれない。そう思ってのことだった。
「わたしに関係あるらしいの。それらしい履歴はない?メッセージの中とか」
《現在の認証情報でメッセージの閲覧はできません。ですが、プロメテウスの火…ギリシャ神話ですね》
「…神話?」
ハックが不思議そうに眉間に皺を寄せた。それはアルカもだった。兵器の名称が、神話に由来している、ということだろうか。ない話ではない。特に、兵器として圧倒的な力を持つ場合、神に由来する通称名を付けられることもある。
《プロメテウス。ギリシャ神話に登場する神の名です。はるか昔、人類がまだ生まれてまもない頃、プロメテウスが人類に“火”を与えたと言われます。人類は火を使い、文明と技術を大きく発展させました》
「……どう思います?」
「…これは寓話か?だとしたら“プロメテウスの火”はアルカの世界にとって、発展の象徴だ」
「兵器…にはあまり結びつかねーな…」
「火…火…うーん、…争いの火種…?」
コアラがつぶやいた言葉に、サボがそれかもな、と同意したところで、それを静観していたエミュレイが情報領域にクエスチョンマークを作り出した。
《何かご不明点でも?》
「“プロメテウスの火”という危険な兵器開発があるらしくてな。その情報を探してる」
おそらく、命名の由来はきっとこの神話なのだろう。だが結局、その正体は現状、情報媒体であるエミュレイでもわからないときた。やはり地道に調べるしかなさそうである。
《兵器。……兵器に限ったことではないですが、科学の世界では一部の技術の暗喩としてこの言葉が使われることがあります》
「は…?」
暗喩。つまり、 “プロメテウスの火” とは、兵器の名ではなく、特定の兵器やその関連兵器を表す表現ということか。
《プロメテウスは人類に火をもたらしました。結果、人類は豊かさを手に入れますが、反面、火は危険なものであり、人に危害を加えます。これを戦争の道具とすることで人類は多くの血を流すことになりました》
宙に二つのマークが浮かび上がった。1つは、中心に丸を据えそこから扇型が3つ広がるマーク、もうひとつは、3つの三角錐がまるで吸い込まれるように中心に向かって渦を巻くようなマークであった。
《転じて、運用に大きなリスクのある、本来人の手には負えない技術の暗喩として使われるようになりました。
具体的には、熱核技術と重力技術。
どちらも生態系や惑星運動に影響をもたらす危険な技術であり、特に熱核兵器は大量破壊兵器に分類されます》
「重力技術…わたしの入学時の論文って…」
《“擬似質量からのマイナス質量生成及び重力ポテンシャルの両立”》
宇宙空間において、質量と重力は密接な関係にある。また、マイナス質量とはいわゆる“反重力”と言われる分野のものだ。
つまり、アルカは危険な技術である“重力技術”に関する研究室の人間だった、ということだ。
「……。重力技術は兵器運用されている?」
《いいえ。現在兵器運用が可能なのは熱核技術であり、重力技術は主に艦運航技術として利用されます。どちらも政治的、軍事的に厳しく管理統制された学問です》
アルカが関わっていたのは、重力技術。それに少しだけほっとした。だが、妙な胸騒ぎが支配する。どの道、アルカの属する重力技術も軍事的に重要な役割を果たしているに違いない。
島をも簡単に吹き飛ばす兵器、“プロメテウスの火”。それに関与のあるらしき“開発者のアリスタル”…コス大学。
そこでの“プロメテウスの火”とは一部の科学技術を指し示す単語であり、それを指し示す核技術や重力技術は共に軍事組織とは親密関係にあるようだ。
そのうちの、重力技術研究室に関与があったらしいアルカ。核技術に携わっていなかっただけ救いだと思えばいいのか、軍事技術に関わっていた事を嘆けばいいのか判断もつかない。
──争いは嫌いだと思っていた。
だが、実際の“わたし”はどうなのだろう。
何を研究していたのだろうか。
何をしていたのだろうか。
何を思っていたのだろうか。
「…わたし、なんで記憶ないんだろ…」
唐突に自分が恐ろしくなった。
嫌いだと思っていた“争い”に関与していた可能性が、自分の首を絞めるようだった。自分は本当に“争い”を嫌う立場だったのか、まさか助長する立場だったのではないか。
記憶がないから身に覚えがない。だがそんなことで許されるようには到底思えない事実ばかりが出てくる。
…そもそも、なぜ記憶がなくなるに至ったのか。
原因もなく、記憶がなくなる等あるはずもない、あるものか。
きっと、──否、絶対に、忘れてはいけないものだったのではないか。
そう思わずにはいられなかった。