宇宙そらの文明




「───途絶えた?」

 サボはもしゃりと出てきたチキンをひと口で頬張った。

「大体の場所は聞きました。昔島民が白い少女の生贄に使っていた洞窟を、何やら施設へ改造しているようです」

 その情報を送ってきたあとからのニックの消息が不明だと言う。兵士の話を聞きながら「さては深追いしたな」とサボは小さく舌打ちした。
 敵の姿も不鮮明だと言うのに。分かっているのは、プロメテウスの火を有している『SRAY』という女の一派───であるということ。
 可能性自体は高いのだが、証拠がない。もっと言うと、実際のその組織規模も、兵器の形状も不明だ。だからこそニックは深追いしたのだろうが…。

 ニックなら簡単には死にはしないだろう。調査はもちろん続行するが、救出に人員を割くか否かで大いに迷った。

「おれが行ってもいいんだけど」

 だが洞窟が街から少々離れたところにあるのがネックだった。街や船で万が一のことがあった時に、すぐに動けないのはデメリットたりえた。

「何名か人を送って、潜入できたらそれが一番いいんだけど…」

 アルカのことが頭に過ぎる。文化や風習が常識レベルからかけ離れている。潜入するにもすぐにぼろが出るのは明白だった。ならば正攻法で突入するか、侵入するか…。このどちらかに絞られる。

「サボくん!」

 バタバタとでんでん虫を持ったコアラが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「船が…!」

「…は?」






《複雑な暗号化処理をされています。現在のユニットのみでは解読できません。デバイスを用意してください》
「むしろデバイスがあれば暗号解析できるエミュレイってなんなの…」
《情報支援ユニットです》

 いやそれは知ってる。
 睨むようにエミュレイを見つめていると、戻ってきたハックがアルカの肩を叩いた。

「移動する。掴まっていなさい」

 そう言ってボートのスロットルに手を伸ばしたので、アルカはサッとしゃがみこんで舷に掴まった。
 ストライカーが勢いよくスタートし、島に向かってダッシュする。元々島のすぐ脇に船を碇泊していたので、すぐに陸にたどり着いた。
 ボートから島に飛び移り、よたよたと岩場を伝って森へ踏み込んだ。

「さっきのは…」
「分からんが、おそらく我々が嗅ぎ回っていることに勘づいたのだろう」

 ハックが難しげに言う。

「……相手はどこまで知ってるんでしょう」

 ハックらが追うのがプロメテウスの火だと知ってのことなのか、単純に嗅ぎ回られるのを嫌がったか。それによって浮かび上がる相手の姿は変わる。

「わからん。だが」

 ハックがじいとアルカを見た。

「…何ですか?」
「アルカのことは隠そうと思っている」
「わたし?」

 神妙にうなずくハックに、アルカはしばし考え、思い至る。
 ──敵は船を潰すだけ潰し、撤退した。
 探索機まで出して、人はすぐに発見できただろうに…もっというと構成員の顔や人数は把握したであろうというのにその殺害にはいたっていない。ただ、拠点たる船を破壊しただけだ。
 拠点を破壊する目的は何か。── 目標ターゲットの炙り出しにほかならない。

「誰を目標にしたかはわからない。拠点を潰して我々の動きを抑制したかったのか、トップを確認したかったのか。どちらにせよ、それならこの後にゲリラで襲撃があるだろう」

『それだけじゃない』

 ここにはいないはずのサボの声がした。声の方を見やれば、兵士がでんでん虫を構えていて、そこからサボの声が漏れ出していた。

『おそらくアルカの顔も見られてる。むしろそっちの方が問題だ』
「わたしが?」
『直接関与のなかったルンルンですらお前の顔を知ってたんだ。今回襲ってきたのが『SRAY』一派ならアルカの存在を見過ごすわけがない』

 そこまで言ったサボは、でんでん虫を口元に寄せて声を低めた。思案に耽る瞳がハットの下で鈍く光っている。

「早急に隠せ」

 サボとコアラは襲撃を受けていないし、監視らしき気配もない。ニックを除く調査に出ている革命軍とも問題なく連絡が取れている。
 ならば敵はサボらの動向までは追跡できていない可能性が高い。合流はせずに、別行動がいいだろう。

「今回船にいた全員は顔が割れたと思っておいた方がいい、気をつけろ。アルカはどこかで兵士とすり替えよう。それまでは隠れていてくれ」
『いや、下手に隠れても、あのイエローキャットなる探索機で探されるだろう。何せ、生命反応と体温をかなり遠い所からでも探知してくるらしい』
「なんだそりゃ…」

 聞いたこともないような能力だった。ただ気配を追うとかの問題ではない。それはつまり、生きている限りは探し出してくるということだ。

『《あの距離だと、個別のバイタルサインまではチェックされていないでしょう。人の多い場所へ潜伏することを提案します》』

 エミュレイの声がした。生命反応を個別にチェックとかあるのか…。サボは厄介な探索機に気が遠くなる感覚を味わった。
 アルカのいたところの技術は、ことごとくサボらの常識外の角度からその能力を存分にふるってくる。

『…ならば宿をとるのはいかがか、人混みに紛れるのが良かろう』
「わかった。宿が決まったら知らせてくれ。従業員に兵士を紛れ込ませるから、そこですり替える」
『了解した』

 でんでん虫がぶちりと途切れた。でんでん虫を脇に置いたサボは、過去の出来事を思い起こす。…どこで船の場所が割れたのか。周囲は常に見張りがいたので、通りがかった船があれば直ぐに分かる。人に見られた訳でもない。
 イエローキャットという隠れた人も探し出すような探索機のことも報告を受けたが、これは接近すればエミュレイが感知する。だとすると、単純に兵士を監視されたと考えるのが妥当だ。出入りは最小限には留めているが、行動範囲を緻密に特定すればある程度拠点の割り出しはできる。……本当にそこまで調べられたのか?兵士とて弱くはない。武闘派が多くて、それほどまでに追跡されれば流石に気が付くだろう。

「───コアラ」
「ん?」

 思い付くとすれば、エミュレイのあの性能。未知の技術。いっそオーバーテクノロジーと言っていい。エミュレイの本体自体はおそろしく小さいし、その小さな本体に込められたスペックは凡そ大型コンピュータを何台も繋げたところで追い付かないだろう。

 そんな技術の、さらに大きなデバイスを相手が持っているとしたら、どうだろう。
 遠い──それこそ認識外から監視することも可能なんじゃないか?

「船組と隠密行動組と、通常調査組に分かれる」
「なんで?」
「予防線。コアラは隠密行動組な。普通に人に紛れて調査していると足がつく可能性がある。敵にとって、完全に認識外になれる人員が必要だ」

 敵の“目”がどの程度のものなのかもわかっていない。
 この島の調査に残した兵士は20名もいない。革命軍の活動としてはかなり多い方の人数なのだが、ただでさえ船組と外調査組が分断されたこの状況では動きづらいのは事実だった。だが、なってしまったものは仕方ない。

「隠密行動組は指示があるまで動かない。伏兵として使う。5人ほどピックアップして直ぐに身を隠せ。ハックを先頭に、船組は陽動に徹してもらおう。……問題はアルカ。なんだけど…」

 サボは苦く口を噤んだ。釣りには有効な餌だ。…だが有効すぎる。もしアルカの存在が敵に知れていたら、奪取か抹殺かをしに来るだろうし、むざむざ奪われた場合のリスクが極端に大きい。アルカ自身の身の安全がすこしも保証できない。ともすれば、やはり早急に隠す必要がある。
 だが、すでにマークされているならばそれを外すのに苦労する。フェイントを含めて、何重かですり替え工作を行う必要があるだろう。…それだけの人員は、手元にない。

「……おれが行くか…」

 ハックは前線で指揮をとっている。ならばいちばん逃げ足が早いのは間違いなくサボだ。その他に足の早い者は追跡に回っているし、そもそも顔が割れていると隠すに不便である。

「え。…怖がらせない?大丈夫???」
「ひとのことなんだと思ってんだ!」
「記憶戻ったばかりのアルカちゃん連れ去ったでしょ!あの後顔色悪かったよアルカちゃん!?!?」
「アッ」

 そういえばそうだった。
 アルカの記憶に関して詰めて情報をぶんどった事を思い出す。
 その時のことを思い出して、サボは思わず顔をしかめた。

「何その顔〜〜???何話したの?」
「なんでもないよ。それより、たぶんもう怖がられてない………。………と思うから、ていうか気を付けるから、とりあえず任せてくれ」
「……。まあいいけど」

 ふんすと息を吐いたコアラに内心でホッと息をついた。アルカと証拠が上がるまではコアラには話さない約束をしたので、あまりこの話題を続けたくはなかった。思ったよりもあっさりと引いたコアラは、いまだに不審そうには見ているが追求はしてこなかった。立ち入りづらい話をしていたことだけは察しているのだろう。
 何もきかれないのをいいことに、定時連絡の時間と方法を取り決め、兵士の割り振りを決めるととさっさと別れた。

 さて。でんでん虫をポケットにしまったサボはそろそろ見慣れ始めてきた街を見やる。
 この島には人の住む地域が3つある。最初にサボらが接舷した港町、エルザの生まれ育ったエルファレル、最も大きな街としてのアレルバアル。船はアレルバアルの付近にあったし、おそらくそのどこかで宿を見繕うだろう。
 ただ、それまで時間がもうすこしあるはずだ。その間に出来ることといえば、やはり情報収集。
 たとえば、洞窟内の地図。とか。

「(……けど、さすがにないよな…)」

 人身御供が行われるような場所だ。当然、部分的こそあれ地図はあるだろうが、間違っても公開はされていないだろう。その地図を管理するとすれば、村人。神官に該当する立場の人か、村長か。

 自分はもう間もなくくるであろうアルカを引き取らねばならない。仕方なく、洞窟の地図はひとまず部下に調べに行かせた。

「…山の地図だけでも調達するか」

 それくらいなら街でも手に入るだろう。洞窟までの地形や周辺情報は頭に入れておきたかった。洞窟は大概、複雑な地形を形成するから、街の人に聞けば意外な出入り口もわかるかもしれない。

 やることだけはまだまだ多い。

「───アルカ。な」

 古い言葉で、“宝”。
 失った父母から唯一残されたものまで失った女を、ほんのすこし哀れに思う。
 空が青いと驚いた。海が広いと言って怖がり、太陽を気持ちがいいと笑う。争いを嫌い、兵器を消し去りたいと嘆く。兵器というその存在を許せないとばかりに足掻く女。どこから来たのか、未だに検討もつかない。

 ふと青いを見上げた。日はまだ高い。空の向こうには、未だアルカの言うような文明の発展はない。