レッツ釣り


『はあああ!?』

 コアラの怒ったような声が電伝虫から聞こえてきた。
 というか、怒っている。電伝虫の目がくいっと斜め上に吊り上がっている。

『いいわけないじゃない何言ってるの!』
「ま、そういうことで」
『あっ!?サボくん、切ろうとし……』

 ちん、と音を立てて電伝虫が切られた。すやっと眠るように目を閉じた電伝虫の顔は至って穏やかだが、きっと切られたコアラは今頃烈火の如く怒っているにちがいないなかった。

「……あの」

 言い出しっぺながら、今更アルカは怖気付いていた。コアラに。

「ん?」

 サボはとっても平気そうだった。けろりとした顔を少しも崩さない。

「こ、コアラさん、怒ってなかった…?」
「まぁ、コアラが怒りっぽいのはいつものことというかなんというか」

 それはサボさんが怒らせることが多いからでは。
 アルカはもはや真っ青だった。
 ことの発端は、アルカが自分を囮にしないかとサボに提案したことだ。その提案に乗ったサボが、コアラに一方的な通信を入れたのがついさっき。内容は『アルカを連れて回る。コアラたちは周辺を警戒して、敵がいたら捕獲してくれ。じゃ』だった。
 当然、コアラはそれの意味がわからず説明を求めた。当然の話であるのだが、煩わしかったのかサボは大した説明もないままに電伝虫を切った。以上が経過である。

「それより。お前」
「はい?」

 サボが目元に影を作ってアルカを見据えた。

 サボはツカツカとアルカに近寄った。ひと一人分もない程度の距離に立つので、アルカは自然と首を上に向けてサボを見上げることになる。

「言っとくけど、マジで怪我の可能性もあるからな」
「あ、ああ…。はい。ええと、構いません」
《………》

 エミュレイがなにか言いたげに情報領域を一瞬だけ展開したが、すぐに消えた。
 サボがアルカの手をとる。まじまじと見られて、どこか居心地が悪い。

「ほんと。戦闘向きじゃねェよなァ」
「多分、自分で戦闘したことはないですね」
「だろうな。…言ってる間に鬼ごっこがはじまるぜ。そんな広い街じゃないからな。顔の割れた人間を探し出すなんてすぐだ。そもそも、どうせこの宿も割れてる」

 だから、今この瞬間だって、敵にとらえらていてもおかしくない。

「それこそ、出た瞬間から狙撃されるかも。それくらいには時間が経過してる」

 アルカは深く頷いた。船が襲撃されて、ハックにこの宿に押し込められたのは昨日の昼過ぎの話だ。
 今はもう、そこから24時間近く経過していた。
 アルカが緊張した面持ちでゆっくりと頷いた。
 しばしそれをぼんやり見ていたサボは、諦めたようにアルカに背を向けて廊下へのドアを押し開けてアルカを見た。

「出るぞ」

 廊下には誰もいない。気配を殺して裏口からそっと外へ出て、道なりに進む。顔を隠すことはしない。
 ただ隣に、サボがピッタリとくっついて周囲を警戒しているだけだ。

「あ」

 サボが小さく声をあげた。
 次の瞬間、ぐいっとサボがアルカの腕を強く引いた。しゅんと音がしてアルカのいたところの足元に黒い小さな穴ができた。

「…え?」

 ポカンとするアルカだったが、サボは冷静だった。

「さっそくきたな」

 サボはさらうようにアルカを抱き抱えると勢いよくダッシュしはじめた。

「ぅわあっ!?」
「うっせ!」

 びっくりして声を上げたら嫌そうに吐き捨てられた。
 なにせ早い。おそろしく足が早い。いつも思っていたが、本当に人間業ではないのだ。それから、あともう2回ほど、乾いた銃声が聞こえてきた。

 ──そうか。

 アルカはわずかに目を細めた。
 口封じに殺しにくるか、捕らえに来るか、どっちだと思っていたが捕らえにきたようだ。
 サボは壁を蹴って屋根に登る。一気に遠くなる地面に、アルカはサボを掴む手の力を強めた。
 急な方向転換があった場合はいつだって、そこに弾痕が出来上がる。

 サボはだだっと屋根の上を移動して、路地裏へ飛び降りた。
 ひと通り移動すると銃撃はパタリとやんだ。
 おそらく狙撃手はポイントから移動したものと思われる。どこか別の場所から、また狙撃してくるはずだ。

「なあ。敵の索敵能力ってどんなもんだと思う?」
「どんなって言われても…」

 困ったように口を開いたアルカの言葉は不自然に途切れた。ブオオオという大きな羽音のような音がしたからである。
 なんだ、と思って見やれば、路地裏から見える空に大型の飛行物体が飛んできているのが見えた。

《認識。汎用兵器付き大型イエローキャット。にげてください》
「逃げてくださいっつったって…うお!?」

 ど、ど、ど、と重い音と同時にそれが発砲してきた。これはアルカも目視で追えるような弾速であったが、その分銃撃は非常に強かった。

「───うっげ!?」

 サボが思わずといったふうにうめいた。
 地面に空いた銃創が大きい。30センチはある。
 ぐん、とサボの足が早まったのを感じた。

「……え?わたし今殺されかけてます???」
「殺されかけてるだろ、あの弾痕!」

 さっきまでの銃撃とはえらい違いである。サボが避けると思って撃ってきている可能性もあるが。

「アルカは殺さないと思ってたけど…」
「……いや」

 ふと、思い至った。
 アルカは火星の出身である。火星の出身者には、ある特徴がある。

「わたしの頭さえ守れれば、生き死には関係ないかもしれません」
「は…? え、なに?もしかして脳みそ覗き込めるような技術でもあんの…?」

 気が滅入ったような声を出すサボに、わりと遠くないなとひっそりと思う。

「記憶処理用チップです。こっちじゃ、脳には埋め込んでないんですね…」
「ンなもんねえわ!?」
「便利なんですよ。色々機能はあるんですけど、それのおかげで、覚えたいものを忘れないようになっています。…わたしのは破損してもうダメなんですけどね」
「……つまり?」
「わたしの脳内にチップがあると思い込んでるかもしれません。それさえ手に入れば、わたしが行っていた研究に関する情報がもらえるし、口封じもできるし」
「そういうこと…!」

 建物を盾にしつつ、確実にイエローキャットと距離をとりはじめた。とはいえ、壁1枚くらいなら簡単に貫通してくる威力であったから、心許ないが。
 そもそも人里であることもお構いなしに撃ってきているあたり、相手もかなり必死にアルカを封じようとしている気配がある。

《20m先、子どもを発見しました》
「…!?」

 エミュレイのアナウンスに、サボがわずかに息を呑んで目を凝らした。アルカも目をむける。たしかに、小さな影がうずくまるようにしてそこにあった。虫がいるのか、熱心に地面を見つめている。
 どっと背後からはやはり銃弾の音。このままだと射線上に子どもが入る。子どもが驚いたように顔を上げた。

「くっそ…!」

 サボが大きく方向転換した。ぐるりと視界が回る。サボの腕を銃弾が掠めたのが見え、アルカはわずかに目を見開く。
 顔をしかめたサボは壁を蹴ると屋根の上のほうへ一気に駆けあがる。ほとんどスライディングするように屋根の上を横切り、すかさず別の路地に入った。
 それだけの動きを見せたあとも、サボは息を乱すことなく建物の合間をスイスイと走っていく。

「サボさん、腕!」
「あーあー、うるさい気にすんな。つーかきかねーよ」
「きかないとかないでしょ!?」
「いやだって武装色、……ああーーー…」

 サボが面倒そうに声を上げた。
 なんだろう、と思わなくもないし、サボが人外に強いのは重々承知しているが、心配するものは心配する。

「気にすんな。どうともない」
「サボさん!」
「だから。ほんとうに大したことないんだって。そもそも火だしおれ」
「なんの話ですか!」
「あ゛ーっ!記憶喪失めんどくせぇーー!!」
《西から新たな敵勢反応があります》

 言い合うふたりをよそに、それまで沈黙していたエミュレイがそう言った。

「「え」」

 追加のイエローキャットらしかった。いよいよ殺しに来ている気がする。
 だからだろうか、サボの動きは見る間に派手になっていって、気が付けばアルカは遠心力や慣性の法則に振り回されるようになってきた。シンプルに酔うやつだった。

「ちょっとサボさん!?」
「楽しいだろ?」
「どこが!?!?」

 珍しく半泣きのアルカにサボはにっこりと笑いかけるだけだった。
 イエローキャットは音が派手だ。距離が掴みやすいらしく、彼は効率的に建物を使って逃げ隠れする。

「そろそろコアラも敵の1人や2人、捕まえたろ」

 そう言ってサボは回避行動をとりつつもより高い足場へと移動しはじめた。地面ははるか遠いし、自ずと逃げる場所は減ってゆく。
 高い時計塔の麓まで来たかと思えば、頂上に向けてかけ上がっていく。回り込んできたイエローキャットが目の前に現れた。

「いっっぎゃぁあああ!?!?」

 アルカの悲鳴を聞き流しながら、サボはアルカから片手を離して指先に力を込めていた。
 時計塔の壁を蹴り、宙に身を投げ出してイエローキャットに飛び込むように接近した。

「“竜の鉤爪”」

 至近距離までイエローキャットの騒音が迫り、自然とアルカはサボにひしと掴まった。
 ゴシャアッと派手に壊れて落ちてゆくそれを、アルカは自分のいる高度も忘れて呆然と見下ろしていた。

「……」

 それから、サボを見た。

「な?だから大丈夫だって」

 盛大に顔がひきつった。
 顔を見合わせていたが、ふと身をおそう浮遊感に気がついた。掴まる先もないまま、サボはアルカごと地面に向かって降下し続けている。

「…お」

 アルカが小さく声を上げた。

「落ちてるぅうううう!!!!」
「はは」
「あ゛ーーーー!!!!!」

 断末魔のような声を聴きながら、サボは少し楽しい気持ちで地面を目指した。
 着地したサボは、今にも泣き出しそうな顔のアルカをそっとおろした。よたよたと目を回したように前後不覚になるアルカを面白い気持ちで見つめていると、当の本人から睨まれた。

「訴えてやる」
「どこに?」
「…こ、コアラさん」
「あいつ意外とおまえよりおれの味方だぞ」
「うあああああ!!」

 耐えきれないとばかりにアルカがその場にうずくまった。

「ここで待て」
「は!?」

 信じられないと顔を上げてサボをみたアルカに、サボはそれ以上の言葉はかけなかった。
 アルカとてサボが常識外の戦闘力を持っているのはわかったが、まだイエローキャットの羽音はしているのに。隠されたってあれは見つけてくる。そういう機械だ。
 だがサボに縋り付く前にサボは建物の影から飛び出していってしまったので、アルカはなにもできない。どうしよう。次の行動を考えはじめたとき、ガシャアン!と派手な破壊音がした。次いでもう一度破壊音。それを最後に、イエローキャットの飛行音は途絶えた。

 この星の人間。ほんとうにどうなっているんだろうか。