ターン・オーバー
確信がある。#1#は今までの人生において、体を好き勝手に触られたり、いじられたりしたことはきっとない。少なくとも好んではいなかったはずだ。その証明として、今#1#はとても苛立っていた。それを顔に出すことこそしなかったが、#1#は確かに苛立っていた。
「あらやだ着やせするのね」
「ホントですねぇ。そのうえきれいな形してるわー。あら、やわらかーい」
「…!?!?」
「ちょっと隠さないで、サイズが測れないじゃない。…うーん、もう少しバストがほしいところよね…合うブラジャーがないわ」
「ウエストは…ああ、こっちは問題ないですね。最低限の筋肉はあるみたいだし。それにしても、全身白いわね。うらやましい。内股の白さなんて異常よ異常。ほら」
「ひい…っ!?」
「動かないの!!ヒップも問題なし。うん、私たちの服で何とかいけそうね」
「とりあえずこのTシャツでしょ。ブラジャーはスポーツブラですかねえ。私のがありますよ」
「げ、そんなの持ってるの貴女…」
「あとこのショートパンツでいいんじゃな…ちょっと、いやそうな顔しないでよ」
ドラゴンの部屋を退室した#1#は晴れて手錠を外された。自由になった両手のなんとかるいことか。そのまま、足早にまず自分の持ち物を確認しにもといた部屋へ…行かずにその道中の医務室にいた。タオルにくるまっている#1#を見つけた看護師のひとりがサボに#1#のことをきき募ったのがはじまりだ。
不思議な人間だが便宜上とりあえず一般人で、記憶喪失だという。ならばそのままだと風邪をひくだろうというとで、半ば強制的に看護師は#1#をサボからひったくると#1#を医務室に押し込んだ。その時に、サボは室外に文字通りたたき出された。
着ていた服は、事の顛末を聞いた医務室の主たる女医の一言で看護師たちに容赦なくひん剥かれ、そのままバスルームにぽいっと身ひとつで投げ入れられた。
早く荷物を確認したい一心で早急にシャワーを済ませて出ていけば、「早すぎる」「看護師を舐めてんの」などと言って再びバスルームにとじこめられた。外から指示されるがままにバスタブに湯をはり、しっかりあったまること約5分強。やっと風呂から上がれたと思えば今度は服選びが待っていた。
着る服がないということで、仕方なくバスタオルにくるまって看護師を呼べば、2、3人に取り囲まれて唯一の砦を奪い去られた。もちろん全力で叫んで抵抗し非難したが聞く耳はまるでなかったし敵わなかった。多数の敵には勝てん。しかも両腕はゴムチューブで束ねられ頭の後ろで固定された。一瞬の事だった。何プレイだこれ。もちろん断末魔はあげたが助けなどなかった。
結果足腰触られ…胸を揉まれ。……いろいろ触られて色々確認された。明らかに服のサイズを確認するのには必要ないことも確認された。この船怖すぎる。
やっとの思いで着替え終わったころには完全に疲弊していた。
──ものすごく、疲れた。
ちなみにこの間サボが何をしていたのかは少しも耳に入って来なかった。待っているのか、いないのか。誰も教えてくれないし、#1#も聞くことはなかった。怖くて誰にも聞けなかったというのが正しい。
「寝てるところに海水かけられたうえ、そのまま放置なんて、ホントうちの男どもは女の子の扱いがわかってないわ。海賊かよ」
「ホント。しかも、蹴り起こされたんだって?」
「うわー。ないわー。サボ総長ないわー」
「うっせェな!!用が済んだならさっさとその女返せ!!!!」
唐突に扉の向こう側からサボの怒声がした。サア、と血の気が引いた感覚がした。嘘だろ、待たされてたのかあのひと。
「先生〜、そろそろサボ総長に返しますか〜?」
「ええ、返してあげて」
「ごめんねぇサボ総長〜」
「じゃあねー」
言って看護師たちは#1#を医務室から追い出した。最後に各々サボに向かって投げキッスやら何やらすると、なんの感慨もなくバタンと扉を閉めてしまった。
「…嵐…」
愕然と呟く#1#の横で、サボさんは諦めたようにため息をついただけだった。
「…まあ、しばらくはあいつらと暮らすことになるから頑張れ」
「!?」
嘘だろ。
そんな絶望的な気分になりながら、とぼとぼ歩いていれば、さすがのサボも同情の視線を禁じ得なかった。#1#とすれば少しもうれしくないわけだが。
疲れながら倉庫につけば、サボが木箱の上に無造作に置かれていた革袋を投げてよこした。
「これがあんたが持ってたモンのすべてだ。危害はなさそうなんでかえすよ」
「…ありがとうございます」
礼を言って、少しドキドキしながら袋を開いた。中身は少なく、ポケットに何かしらが入っていただけの物を纏めただけのようだった。
サボの言った通り、中はコインと指輪とガラス板──情報端末──である。
見つけた!情報源!!そう確信はするが、先にほかの方を確認することにした。
まず確認したコインはやはり硬貨だった。といっても100フォン硬貨が5枚。みそっかすである。全世界共通硬貨だ。これは正直なんの情報にもならない。
次に指輪を見る。見覚えはあったが、やはり記憶にはない。女物にしては少しごつく、質素で不愛想なつくりをしているが、左手の人差し指にすんなり入って落ち着いた。前々からここにはめていたようだったので、これからもつけておこうと思う。指輪そのものに何か手がかりはないかといろいろいじってみたのだが、なんだかあまり触りたくなかったのでやめておいた。本能的な部分がいじるのをいやがった。ちなみに指輪にあるあるな裏側に文字だとか、そういうのは一切なかった。
そして最後にガラス板である。一目見て#1#が思ったのは、先の通り「これは端末である」ということだ。通信もできるにはできるが、その本質は持ち運び用の情報格納機器である。しかし、電源が足りないのか、どれだけいじろうが全くの無反応であった。電源すら入らない。これは困った。これを起動できれば、かなりの情報が手に入るのはほぼ間違いない。
躍起になってぽんぽんとガラス板をはじいてみたり、明りに透かして見たりと試行錯誤している#1#を、サボが物珍し気に眺めていた。
「それで何かわかるのか」
「うーん、まあ間違いなくわたしのことはわかる…とおもう。うまく行けばなんでわたしがこの船に現れたのかとかもわかるかもしれない」
「…そのガラス板で、ねえ」
「…え、端末見たことないんですか?」
知らねえし見たこもないと答える声に、#1#は思わず根眉を寄せた。子どもでもこれが何か知ってるような代物だが、これを知らないのはどういうことだろうか。思わず#1#まで不思議そうな顔になった。文化圏として端末を見たことがないのだろうか。しかし、そうなるとここは相当な秘境である。しかし、その割にはこの船にはそれなりの人数がのっているようだ。出歩いたのはこの埃っぽい倉庫とドラゴンの部屋だけだが、その道中でこの艇の最低限の広さは理解した。この艇は大きい。そんな大きな艇を航行させている彼らの文化水準が端末を知らないほど低いとはあまり思えない。
「ここ、人多いんですよね?持ってる人いないの?」
「どこのモンだよそれ。言っとくが結構あちこちの島に行ってるけど、見たことないぞ」
「えええええ…」
うそぉ、と柄にもなく間延びして呟いた。
と、思って、あることに気付く。…『シマ』?『シマ』ってなんだ。
それに、と思わず立ち上がってあたりを見渡して、顔をひきつらせた。
「お…オール木造…?」
「船なんて大抵そうだろ。まあ鉄の部品も使ってはいるけど」
「あ…そう…」
木造?シマ?なんだかすこし、常識的なところで違和感を覚えた。ふつう、艇といえば…なんだっけ…、鉄製?になるのかな?
頭の中に自分が思い浮かべる『艇』を想像した。そりゃあ、居住空間や部屋が木貼りで、温かみのある空間が作られているのはわかる。そうではなく、例えば──廊下とか。
あわてて倉庫の外を確認した。壁、床、天井にいたるすべてがやはり木造で、鉄がほとんど見当たらない。灯りはランプで、電池式ではなくリアルの火だ。
「ねえサボさん…」
「ん?」
「艇って…」
そう、なんだか大きな齟齬が発生している気がしてならなかった。知らないことが多すぎる。わずかにわかる知っていることも、はたして通じるかどうかもわからなくなってきた。
「この艇って…星間貨物艇……じゃ、ない…感じですよね…」
「は?ドラゴンさんがちゃんと名乗ったし、ここは船だって………って、お前記憶喪失か」
ポリポリと頭をかいた頭を掻いたサボが面白そうに笑みを浮かべた。
でもそれ、純粋な笑みじゃないですよね。
「ここは革命軍の船だ」
「……革命軍…?」
そういえば、ドラゴンは革命家と名乗っていた。
「海賊じゃぁないけどさ。政府からは追われる身だな。懸賞金もそれなりだぜ」
……カイゾクってなんだっけ。
…地球の生き物だった気がする。
…え?ちょ、ここ地球なの?
……え?ゾク?…賊?
えっ
ていうか、それって犯罪者集団じゃないの。
えっ
そこでフェードアウトした。