食材管理と可能性
台所を守る刀剣は5口いる。歌仙兼定、燭台切光忠、乱藤四郎、堀川国広、蜂須賀虎徹。この5口が中心となり、あとは当番制でここの多くの刀剣の食事を支えている。野菜は畑で取れる新鮮なものが毎日のように採れる。大型の冷蔵庫が台所にはあって、肉類や要冷蔵品が保管してある。
そのすぐ横に掲示板があって、そこには何がどれだけあるか、というものが書き連ねられている。何がどうなっているのかは不明だが、足りない食料品や調味料はいつの間にか補充されているので、この本丸内では食事に困ることは基本的にない。もちろん、いつでもすべての食材が揃っているわけではない。その日採れた食材や、季節によって食材の有無、量の多い少ないは変動する。その中で当番の者がその日の献立を決める。ちなみに最も文句が出るのは肉料理がない日である。仕方がない。希に冷蔵庫から一切の肉が消える事がある。翌日には謝罪のようにたくさんの肉が冷蔵庫の中に現れるのだが。
大根 3本
人参 10本
じゃがいも 15玉
里芋 無
長芋 2本
・
・
・
つい、と視線を横にずらす。
ほうれん草 4束
菊名 5束
水菜 無
小松菜 6束
レタス 2玉
・
・
・
さらにずらす
豆腐 8丁(もめん)
高野豆腐 4箱
厚揚げ 無
油揚げ 5枚
乾燥ワカメ 20g
・
・
・
「今剣?何してるの?」
「あ、なまずお。こんにちは」
「うん。こんにちはー。今日台所当番だっけ?」
「いいえ。けれど、きょうとうばんのかしゅうは、えんせいです。だからぼくがかわってあげようかと」
「へぇ。偉い偉い。献立考えてたの?」
ぽんぽんと今剣の頭に手を乗せた鯰尾が聞けば、今剣は首を横に振る。
時間は午をとうに過ぎ、しかし夕餉の支度には少し早い時間だった。閑散とした台所には、掲示板の前にぽつんと立つ今剣と、それを見つけて立ち寄った鯰尾しかいない。
加州の代わりに台所に立つのだと今剣は言ったが、献立を考えているわけではないと言う。ではなんだろうと小首を傾げてみれば、今剣は察したように口を開いた。
「このしょくざいは、いつたされるのだろうかとおもいまして」
「ん?」
「しょくざいは、かってにふえます」
「増えてるね」
「いつ、だれがたすのかと」
「……ああ、なるほど」
それで掲示板を監視していたわけか。なんと暇な遊びだろう、と少し遠い目をする。何が楽しいのだろうか、と。
冷蔵庫の食料が尽きることは、基本的にはない。野菜は毎日のように何かしらが庭の畑から収穫されるし、それ以外の食品や調味料はランダムにではあるが、勝手に冷蔵庫や水屋に足されている。その時にある食材でその日の献立を決め、作るのが台所当番である。
確かに奇妙なシステムだとは思うが、それを気にした者は今までいなかった。
「ぼくはしっています。しょくざいがたされるのは、だいたいこのじかんなのです!」
「へ、へえ…」
それつまり、この食材監視は今日突発的に始まったわけではないようだ。数日監視して、いつからいつの間に増えているのかを特定して、今に至ると。そう言う事だ。
正直全く興味がわかない鯰尾。とっとと話を切り上げて離れようとしたときだ。むっ!?と今剣が声をあげた。お得意の俊敏な動きで冷蔵庫に手を伸ばし、勢い良く開いた。そこまではいいが、冷蔵庫の近くにいた鯰尾に勢い良く冷蔵庫の扉が衝突した。
「ぐう゛!?」
「ああー…やっぱり、ふえたあとですー…。もうこれは、ずっととびらをあけておくしかないのでしょうか…」
残念そうにしょぼんと頭を垂れる今剣に、衝撃のあまり地面に尻餅をついた鯰尾はふるふると震えるしかない。そうしていたら、やっと今剣が鯰尾に気づいてバツの悪い顔をした。
「……あ。なまずお」
「うん」
「ごめんなさい」
「いや、あの……うん。大丈夫」
お、怒れない…。短刀相手に怒れない…。きちんと謝罪は受けたのだ。次があるようならちょっと叱ろうと心に決め、鯰尾は引きつった顔のまま頷いておいた。
「あと、冷蔵庫開けっ放しはやめた方がいいと思う」
「ですよね、かせんがおこりますよね…」
いないときにしないと。
いやそういう問題じゃないと思う。ぽつりと悪意のない悪巧みを口にする今剣に、鯰尾は内心だけで突っ込んでおいた。いったところで残念そうな顔をされるだけだと判断したためである。
「そういえば、ここの食材は勝手に足されてるんだよね?」
「そうですね。あいすくりいむとか、おやつもかってにたされます」
ああ、あの夏場に美味しいやつ。料理はあまり得意ではないために手伝い程度しか台所には立ったことはないので、あまりそういう料理事情は考えたことがなかった。ただ言われたものを切ったり混ぜたりするだけだ。食材やその補充に関してだとか、そんな根本のところはいままで気にしなかった。
「しかもしかもー!なんだかんで、ぼくたちのすきなたべものがはいってるんです!どうだ、すごいでしょー!」
「へえ、しっかり把握されてるんだー」
意外だなぁとまじまじと冷蔵庫を見やった。さっきまでは興味はなかったが、ここまで来たら少し気になってきた鯰尾。
「なあ、今剣」
「はい?」
「これが欲しい!っていう時はどうしてるんだ?」
「…さあ」
「この掲示板、書き込めないのかなあ」
「どうなんでしょう?」
言って二人で掲示板を見た。それは壁にかけられた『電光掲示板』というやつだ。数字が変わる時にはぱたりと変わる。ホワイトボードや黒板のように直接書き込める構造ではないし、打ち込むためのパネルもない。…言ったはいいが、そもそも書き込めるものじゃあない気がしてきた。
どうしたものか、とトントンと掲示板を叩いていた今剣が、なにか違和感に気付いたように「あれ?」と声をあげた。
「あーっ!」
「どうかした?」
「みてください!」
今剣が背伸びして腕を伸ばす。その白い華奢な指は掲示板の一角を指さしていた。てっきり何かの野菜を指さしているのかと思いきや、今剣はその指をすっと掲示板の上で滑らせた。指が這ったところには、線が一本、現れていた。指を離した今剣は、また別の線を足していく。掲示板の空きスペースに、『あ』という歪な文字が浮かび上がっていた。
「かけましたよなまずお!」
「……書けちゃったね」
超簡単に書けた。打ち込み用パネルとかないなぁと思ってたらそもそもいらない構造だったらしい。
「ここにかいたしょくざいはたされるのでしょうか?」
「ものは試しじゃない?」
小首をかしげた今剣の後ろから、鯰尾が手を伸ばして『あ』の後ろに『ん』を書いた。そこでピタリと指を止める。
「あんこ、って書こうとしたけど、普通の食材だったら、本当にこれを見て足されたのか分からないよね」
「というと?」
今剣がぐっと上を向いて鯰尾を見た。鯰尾は顎に指を這わして何か考えている様子だ。
「つまり、ここに書いたものが確実に冷蔵庫にやってくる、っていうことがわかるようにしないと」
「んん?よくわかりませんが、なまずおにまかせます!」
「ん。任せてよ。じゃーなー…よし!」
なにやら楽しそうに掲示板に指を這わせる鯰尾。書けた言葉は『あんこう』だった。
「あんこう」
「鮟鱇。美味しいのかどうかは知らない」
「これほんとにきたらどうするんですか!?」
「歌仙が料理したら美味しくなるって信じてるから大丈夫」
「だいじょーぶなんですか…?」
「大丈夫じゃない?」
「えー」
「じゃ、俺そろそろ行くね。兄弟がそろそろ帰ってくるし!」
やけに楽しそうな鯰尾は、満足した顔で踵を返して走り去ってゆく。それを見送った今剣は睨むように掲示板の『あんこう』の文字を見る。もし、鮟鱇がやってきてしまったら、そしてそれが食べられるものじゃなかったら。一応食べられると聞いたことはあるが、果たしてそれが口に合うかは定かじゃない。そうしたとき、怒られるのは間違いなく言いだしっぺの今剣だ。どうしよう、としばし悩んで、そして思いつく。そうだ、何かあった時のために、これを書いたのは鯰尾だとわかるようにすればいい。
今剣は腕を伸ばして『あんこう』の斜め下に『鯰尾』の二文字を書こうと背伸びする。
しかし背伸びにも疲れてきた上、『鯰尾』の漢字がよく思い出せない。
「──もう、これでいいですよね…」
何とか一文字目を書き終えたところで、疲れた様子で今剣は腕を伸ばすことをやめた。
あとは結果を待つだけだ。
あしたがたのしみだなぁ、と小さく呟き、彼も台所から立ち去った。
誰も居なくなった台所の掲示板が、チカリと光る。次の瞬間、今剣らが書いた文字は掲示板から消え失せていた。
▲ ▼
モドル