05



「軽傷は超えておられる、中傷でございます」
「え?」
「中傷でございます」

ギリギリと音がなりそうな動きで丹色は振り返って鶴丸国永をみた。ちょうど意識を取り戻したところらしく、ぼやけた目で丹色を見ていた。慌てて式神に手伝い札を押し付けた。

「まさか中傷に至るとは……」
「大っ変申し訳ありませんでしたっ!!!」

さすがにドン引きした様子のこんのすけの横で、丹色は鶴丸国永に最上級の土下座を披露した。倒れて無防備だった鶴丸に、かなりの威力で頭から突っ込んだのだ。もはや恨みでもあるのかと問いただしたくなるほどに鮮やかな一撃に襲われた鶴丸。それで中傷を負うという惨事である。
転けた衝撃でうまく言う事を聞いてくれない体を叱咤して顔を上げた丹色が見たのは、白目を向いた普段以上に真っ白になった鶴丸国永だった。
慌てて手入れ部屋へ運び込めば、式神に中傷と診断された次第である。

手入れによって思考が鮮明になってきた鶴丸は、ぐっと体に力を入れて起き上がる。審神者が顔を上げることはなかった。鶴丸は思わず顔を顰めた。

「あー…なんて審神者だ…」
「返す言葉もございません…」
「……」
「大変申し訳ありませんでした…!私に出来ることなら何でもいたします…!」

黙る鶴丸、どんどん暗い空気を背負い出す丹色。こんのすけはカシカシと耳裏を掻いて傍観していた。
どうやら反省はしているようだと、あぐらをかいて鶴丸は気付かれぬよう息を吐く。別に怒っているとかじゃない。不満はあるが、主に中傷を負わされたことに対してではない。

「君は俺の主だ」
「え…あ、はい。存じて居ります」
「なら、顔をあげてくれ」

少し話の方向が変わったからか、審神者はピクリと肩を揺らした。鶴丸が顔が言えば、恐る恐ると丹色は顔を上げて、鶴丸の様子を伺った。
怒っているようには見えないが、不服そうな、どこか腑に落ちないことがあるような複雑なかおをしている鶴丸。鶴丸もそんな自分の表情の自覚はあったが、直す気にはならなかった。丹色がすぐに正座を整えて、鶴丸と視線を合わせた。とはいえ、鶴丸からは審神者の目は見えることがないのだが。顔の半分を覆う面布には何も書かれていない。艶やかに光る白い髪と、未だに水に濡れた白い服だけが先ほどと変わらぬことが窺い知れるくらいで、その表情すらが良く見えない。

「君は、俺たちを大切にしているよな」
「それは…当然なのでは…?」

当然。そうなのか。確認の意味も込めて問うた質問の返答に、鶴丸は僅かな驚きと返答に困ってしまって、しばし口を噤んだ。
『当然』というその響きの中に、審神者本人の感情が見いだせなかった。彼女は刀剣を大切に思っているのか。それは『持ち主として』なのか、はたまた『業務だから大事にしている』だけなのか。鶴丸には後者にしか思えなくて、それを直接聞くのははばかられた。
開けなかったくちを、やっとのことで鶴丸はこじ開けるようにして開いた。ぐっと姿勢が前のめりになり、あたかも審神者を睨みつけるようだった。事実審神者もわずかに身を引いた。

「大切に、大切に思っているのか」
「そ、そりゃあ」
「だったら」

少しはりあげた声が丹色の言葉を半ばさえぎるように鍛刀部屋に響いた。

「君にとって、俺たちはなんだ」

これにはさすがの審神者も言いよどんだ様子だった。しんと手入れ部屋に静寂が訪れる。先までの慌ただしい手入れの音は、審神者が手ずから渡した手伝い札であっという間に消え去った。鶴丸の腹の痛みは完治してもうない。いっそさっきまでの手入れの音が恋しくなったが、質問したことに後悔はない。

「──私の武器です。そして剣」

どれくらい待っただろうか。丹色からするりと出たその言葉に、鶴丸は真実味を覚えた。これが、審神者の本音か、と。
彼女は『私の』を強調した。ほかの誰でもなく、己の物であると明言した。正直嬉しいと思うし、剣というのにも確かにしっくりくる。
丹色は手入れや錬結ばかりで、主に刀身を保つことに専念している。戦場に出ることは一切なく、もちろん、刀を手にして武器として振るうことはない。逆に守られる側であり、同時に守る側だ。なにせ戦場での刀剣たちの身を守る刀装やお守り作りに専念している。強敵と遭遇した場合の命綱である。
なるほど、丹色が鶴丸らを守る『盾』ならば、丹色の代わりに戦場で敵を屠る鶴丸らはまさしく、武器というより丹色にとっては『剣』だった。

「つ、るぎ…そうか、剣か」

ぐっとこみあげてくるものがあった。審神者は自分たちに興味を示していないとばかり思っていた。何も思っていないと。だから、正直なところ返答など無いと思っていた。
しかし実際はどうだ。所有者は自分だと明言し、彼女は確かに自分たちを敵を葬るための力として認識して『使って』いるのだ。
まったく刀とは単純な性格である。大して時間をともにしていないのに、大切にされて、使ってくれているという事実だけでどうしようもなく嬉しくなる。人の姿を与えられても自分は刀だな、と内心で失笑した。そこに、もっと持ち主に構ってほしいという欲があるのは、おそらく人の身を得たせいだ。

「なあ、主よ」
「へ、あ…はい」

丹色が呆然とした。そういえば、初めて彼女を『主』と呼んだが、それに気付いたのだろうか。気付いたのだろうな、と鶴丸は苦笑する。
突然砕けた笑顔で苦笑した鶴丸には、丹色もぽかんとせざるを得ない。何を急に笑い出したのかとその様子を伺っていれば、鶴丸はさらっと何でもないことのように一言。

「会いに行っても良いか?」
「は?……え…あーーー…えーー…」

それまでの怖い顔はどこかへ吹っ飛び、そのままそう告げた鶴丸。丹色はというと、どう対応すればいいかと頭を悩ませた。その様子に、鶴丸があからさまに唇をとがらせた。可愛くなかった。

「…不満か」
「いっ、え!いえいえいえいえ!!そ、そうではなく…ですね…んんん…」

どうしたものか、と頭を悩ませ、低く唸りながら頭を抱えて体まで捻じらせた丹色に、さすがの鶴丸も申し訳なく思う。かなり本気で悩んでいる。

「そ…そのぉお…またいずれ…」
「何故だ?」
「……。多忙でございますので」

丹色が突然バッサリ切り捨てた。さっきまでの姿勢はどこへ行ったのか、あまりにバッサリ断られたので呆然とする鶴丸。その顔はみるみる驚きに染まる。

「な、何故!」
「多忙でございまして」

頑なに話す気配がない。言外に聞くなと言われて、鶴丸は閉口するより他なかった。しかし諦めがついたわけでもなかった。だったら、という返しがまだある。

「だったら、時間があれば会いに来てくれ。他の刀剣も喜ぼう」

そう食いつけば、丹色は一応は小さく頷いた。

「なぜ、そんなにも…」
「そうだなあ。知りたいと思った、というのが実はすべてだ」
「え」
「それから、知ってほしいとも。主にも、ほかの刀剣たちにも」

ここにきて間もない鶴丸だが、すでにほかの刀剣たちとの時間は憩いののものになっていることも事実だ。だからこそ、そう思う。特に歌仙や燭台切とはもっと距離が近づいてほしかった。
本当のことを言うと、もっと『持ち主』らしく近い距離で接してもらいたい。先日初めて出された演練の場では、共にやってきた審神者と短剣がじゃれあう光景もあった。それをうらやまし気に見つめる大和丹色の今剣をいじらしいと思ってしまったことも、本当はその様子も伝えたかったのだが、やはりはばかられた。

「そういえば、どうして敬語なんだ?取れるなら取ってほしいのだが」

やや間が開いて、鶴丸は声にこそ出さなかったが、「え」と動揺した。丹色は二の句が紡げないほどに衝撃を受けた様子で、その顔は明らかに引きつっているのだと。

「…えと…」
「………」
「あ、主…?大丈夫か?」
「……。…!あ、はい。至って健康体です」

あれ、話が通じてない。それだけ主を混乱に陥れてしまったのだろうかと焦る鶴丸。
しかし、それはものの数秒で消え失せ、次に見えたのは実にやわらかな笑顔だったものだから、やはり驚くしかない。何が主にそんな表情をさせているのかがわからなくて。

「あの、時間は少しかかると思うんだよね」

しばしの間があき、やっと丹色は言葉を発する。その言葉に、ますます鶴丸は目を見開いた。

「けれど、勇気は出た。ありがとうございます」
「そ、そうか…!」
「はい」

それでは、私はお暇しますね。そう言って立ち上がった審神者は、またいつもの無表情だった。
それにひとつ頷くと、丹色はさっさとその場を離れていった。しかし手入れ部屋の外から聞こえた主と狐の会話には声を挟むよりほかなかった。


「ところで太刀相手にこれなら、短刀ぐらいなら私でも倒せるのかな?」
「相手が無防備なら可能なのでは?」
「そんな機会は滅多にないし絶対にやめてくれよ!?」

この主、刀剣がいないと自由すぎないか。柄にも無くそう思った。

 
モドル
手を