02
「あー。落ち込むなって、今剣」
「うう、でもほっともしています。あんこうこなくてよかった…」
翌日、ハラハラと冷蔵庫の前にて鮟鱇を待つ今剣と鯰尾だったが、その日現れたのは少なくなっていた米だけで、結局鮟鱇が姿を現すことはなかった。
念のため、とその翌日である今日も確認しに台所へやってきたが、やはり鮟鱇が姿を現すことはなかった。
そのことにちょっとだけホッとする今剣。思わずかくりと俯けば、落ち込んだと思ったらしい鯰尾に頭を撫でられた。実際逆なのだが。
「えー。俺はちょっと残念だけどなぁ」
「だってあんこう、おいしいかどうかわからないじゃないですか」
「ゲテモノ料理って基本的に美味しいらしいよ?」
「いずみのかみはとても、くわずぎらいをします」
「あー。確かに」
和泉守兼定は好き嫌いが多い。その大体が食わず嫌いだ。肉はもちろん、野菜も食べる。魚介類も庶民的なものならぱくぱく食べる。しかし、風変わりなものや珍しいものにはとんと手を付けなくなる。典型的な食わず嫌いである。今剣は松茸ご飯に手を出さなかった和泉守が未だに信じられない。あんなにおいしいのに。
「ま、でも、書き込んでも来ないんだなー」
「そうみたいですね」
「どうっしても食べたいものがあったら、主に言うしかないかー」
んー、と鯰尾が難しい顔で冷蔵庫を睨み付けた。それはつまり、鮟鱇を食べたいのだろうか、と今剣ははらはらと鯰尾を見上げてみる。視線に気付いた鯰尾がふと笑って今剣の頭に手を乗せた。
「そんな不安そうな顔しないでも別に主に突撃なんてしないって」
「なまずおはやりそうです…」
「今剣の中の俺ってさ」
かなり真剣に不安がる今剣に、流石に居心地が悪くなる鯰尾。自分は今剣にはどんな悪ガキに見えているのか激しく気になった。
「だってよく、ごこたいをおいかけてます」
「よく見てるなー」
「ごこたいのとらがよくにげてきますから」
「あ、そう…」
五虎退、虎に見捨てられてるのか。今度追いかけ回す時に確認してみよう。ふとそう思って、今度馬糞を持って追いかけてみようと心に決める。
例えばお化けの話をひたすら話して聞かせてみたり、例えば臭いのキツイものを持って近寄ってみたり、と、いつもはちょっとした悪戯で五虎退と遊んでいるが、流石に馬糞なら間違いなく逃げるだろう(そうでなくてもよく逃げられる)。そのときに虎の行動をよく観察してみようと思う。本当に今剣の方に逃げていたら、今度は今剣も追いかけてみよう。
鯰尾が何でもない顔で、今剣にとっては良からぬことを考えているとは露知らぬ今剣。知らぬが仏である。
「けっきょく、このれいぞうこはなぞのはこなんですね」
「うーん、そだなぁ…」
冷蔵庫自体は極めて理知的で自然界の原則を理解した科学の結晶だが、この食材自動追加機能は確かに興味ある。ちょっと調べたくなってきた鯰尾。パタパタと冷蔵庫のドアを開け閉めしていたら、カラリと台所から広間に通じる襖が開いた。見れば戦闘衣装を着込んだ骨喰藤四郎が立っていた。
「いた」
「あれ?どうしたの?」
今日の出陣は終わった筈である。そうでなくても、今日の出陣に鯰尾も骨喰も数えられていない。不思議そうに骨喰を見る鯰尾に、骨喰は一言「出陣だ」と返す。骨喰の背後から軽快な足音が聞こえてきて、骨喰のすぐ後ろからやはり武装した蛍丸がひょっこりと顔を出した。
「急だけど出陣だよー。なんか全く知らない所に行くから、練度高いので固めていくんだってー」
「あ、そうなの?」
「あともう四半刻で玄関に集合だよー」
「うげっ」
別に今は内番服ではないし、もちろん自身の本体である刀も所持している。しかし刀装は身に着けていないし、30分で来いと言われてもギリギリというのが正直なところだ。よし、走ろう。
決めるや否や、鯰尾は全力で走り出す。やはり燭台切に見つかって注意された。
「あー…まあ、いっか」
「どうした」
一瞬は鯰尾を引き止めようとした今剣に、鯰尾に代わって骨喰が問いかけた。
「ろうかをはしるとかせんがおこります」
「あー…」
思い至ったように骨喰が声を出したと同時に、遠くから聞きなれた怒声がした。今剣の言う通り、歌仙の怒声だった。
「そう難しい任務でもなかったな」
そう言ったのは和泉守兼定だった。その横でうんうんと頷く鯰尾に対して、歌仙は少し呆れ気味に和泉守を見ていた。
彼らにとっては拍子抜けするほどの任務であったことに違いはないが、油断程恐ろしいものもない。歌仙の和泉守に向ける視線はどこか不審なものを見る目だ。
「全く……それで遅れを取るなよ」
「へーへー。わかってるっつの」
言いながら和泉守が本丸の門を開いた。和泉守らの気配を察してだろう。玄関の手前にある手水舎で浴びた血を洗い流していれば、すぐに薬研藤四郎が玄関から顔を出した。
「お勤めごくろうさん。怪我はないか?」
「そっちこそ、屋敷の守りをありがとう。こっちは刀装が欠けたくらいだね。後は敵の血糊を少し被ったくらいかな」
「そら上々」
総じて刀剣男士の練度が高いこの本丸の中でも、薬研藤四郎は一目置かれている。彼がこの本丸ができた当初からいることも所以だが、その経験の深さは審神者より受けた人の身の使い道をとてもよく分かった戦いを行うからだ。そんな薬研が出陣に参加しなかったのは、出先が広いところであったのと、屋敷の守りである。狭い屋敷内は短刀の得意分野である。歌仙の返答に、薬研が満足げに口角をあげた。
「にしてもお腹すいたー!もう晩御飯だよね」
ぐっと伸びをしながら、鯰尾が言えば、薬研が喜べ、と笑う。
「ウナギのかば焼きだ。しかも乱作」
「まじで!?」
俺すぐ着替える!そう言って鯰尾が桶を使って清水を勢いよく頭からかぶった。次に一緒に来いと言わんばかりに骨喰に水をぶっかける。これで怒らない骨喰が不思議である。呆れ切った目を向ける歌仙など知らん顔で(実際知らないのだろう)、鯰尾はササッと血穢を落として体をふき、バタバタと骨喰を引っ張って走り去った。玄関から行くよりも早いからと、庭を通って自室に向かってしまう。おやおや、と目を細めて笑うのは燭台切光忠だった。さながら親のように朗らかに鯰尾らを見送る燭台切の横で、歌仙がミヤビジャナイと目を据わらせている。それに気付いてまあまあ、と彼を窘めた。
「また脇差部屋の掃除か…!」
「そう言えば君、いろんな部屋を掃除してるよね」
「散らかす輩が多いからね。特に粟田口だとか、来派だとかね」
「うっ!」
突然名指しされた来派の蛍丸がうめき声を上げた。ついい、と蝶々を追うようにフラフラと視線をそらした。最後の1箇所である手をパシャパシャと手早く洗うと、「バンゴハーン」と叫びながら玄関口に消えた蛍丸。それをやはり朗らかな顔で見送る燭台切と、白い目で見る歌仙。対照的な2人だが、陰ながら本丸の母と呼ばれるこの2人を、薬研は困り顔で笑う。
「すまんなぁ、歌仙の旦那。どうにも片付けは苦手でな」
「君は、まあ片付けるだろう。片付いているかどうかは置いておいて」
「……」
「歌仙くんて本当にお母さんみたいだよね」
「誰が主婦だ」
「いや主婦とは言ってねぇだろう」
昔大将に言われたのを気にしているのか。そう思ったが口には出さなかった。
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モドル